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陰陽双記譚  作者: 奥義 扇
双眸に映るは、輝ける未来
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双眸に映るは、輝ける未来

 一言主を開封し、平安京(たいらのみやこ)に害を及ぼしたとして、村主真人(すぐりのまさと)は島流しの刑を処せられることとなった。

 皮肉なことに、場所は伊豆島。

 六百九十九年、一言主が文武天皇に役小角(えんのおづぬ)の謀反を讒言(ざんげん)し、小角(おづぬ)が流刑となった場所だ。

 陰陽寮の天文博士(てんもんのはくじ)でありながら、その法術をもって一言主の封印を解き放ち、禍をもたらせたのは許せぬと、処罰を持って責任をもたせることとなった。

 死罪もやむを得ないとの意見もあったが、精神が崩壊している状況を酌量して、伊豆島への流刑をもって今回の処罰となったのだ。

 崇慧(たかとし)宅へと赴き、報告を終えた晴明(せいめい)大きく息を吐き出す。

 目の前には刺された傷の治療のため、自宅養生をしている崇慧(たかとし)が終始無言で聞いていた。

 眸を閉じ、面を下げたまま微動だにしない崇慧(たかとし)

 心中、複雑なんだろうと思い、晴明(せいめい)は声をかけることをしない。

 自分でも、どんな言葉をかけていいのかわからないからだ。

 静寂の中、言葉が見つからない晴明(せいめい)は、開かれた蔀戸(しとみと)の先に広がる庭に視線を泳がす。

 空が白け始め、もうすぐ朝焼けが広がる刻限。

 陰陽寮に行く前に、保憲(やすのり)から承っていた言葉を伝えに来て、役目は終わった。

 いつまでもここにいたら崇慧(たかとし)に迷惑だと思い、立ち上がろうと躰を前かがみにしたとき、やっと崇慧(たかとし)が言葉を紡ぐ。


「・・・・・・すまなかったな」

「え?」

「・・・・・・お前には、迷惑をかけた」

「め、え!? え、え、?」


 突然の言葉に動揺する晴明(せいめい)


「すべては俺の、俺達村主(すぐり)家のことに、お前を巻き込んでしまった。・・・・・・すまない」

「べ、別にそんなこと思っていないし、考えてもなかったんだけど」

「だが、お前に迷惑をかけたのは事実だ」


 確かに迷惑はこうむった。

 深夜に無理矢理、鬼や妖魔を退治しに行ったし、神と戦うことにもなった。

 不意打ちのように足蹴にされ、殴られたこともあった。

 それでも、縁を切ることはなかった。

 切れそうなときはあったが、それは自分が愚かな行為をしたからであって、決して崇慧(たかとし)からそれに関わる言葉を聞いたことはない。

 彼は、晴明(せいめい)に信頼を築いたのだ。

 羅生門で逃げ出したときは、信用した自分が愚かだと蔑んだが、捕らわれた自分を助けようと狭間に現われたとき、崇慧(たかとし)の心には安堵感が溢れていた。


「僕だって・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・僕のほうこそ、羅生門で君を置いて逃げ出したんだ。ごめん」


 思い切り頭を下げる晴明(せいめい)に、沈黙する崇慧(たかとし)

 その沈黙が、頭を上げさせるのに抵抗を感じさせる。

 やっぱり、あのときのことを怒っている、もう一度謝っておこうと思ったときだ。

 後頭部に激痛が、直後に顔面にも発生する。


「本当だぜ! お前のせいで(あき)は消滅したんだからな!!」


 布団に突っ伏した晴明(せいめい)の後頭部に、バランスを保って乗っている(はれ)

 弾みをつけ、後頭部から廊下のほうに飛んでいく。


「・・・・・・い、いつつつつ~」


 どっちを擦っていいのかわからない晴明(せいめい)は、涙で溢れた眸で、辺りを見回し、廊下に立つ(はれ)を見つける。

 そして、その横に申し訳なさそうに立つ(あき)の姿も。


「は、(はれ)! それに(あき)も!? ど、どうして?」

「なにが、どうしてだ?」

「だ、だって、二人は一言主に消滅させられたんじゃ?」

「お前、ばっかじゃないか? 俺達は式神だぞ。消滅させられても、崇慧(たかとし)がもう一度作れば蘇るんだよ」

「そ、そうなの?」


 (はれ)ではなく、崇慧(たかとし)に聞く。


「式神は消滅してもまた生み出せるし、俺の記憶を吹き込めば、それまでのこともすべて覚えている」

「そ、そうなんだ」


 二人を見比べ、前とまったく違いがないことに感心をする。


「あの・・・・・・」


 (あき)はもじもじしながら、話しかけてくる。


崇慧(たかとし)様を助けてくれて、ありがとうございます」

「い、いや、結局、助けてもらったのは僕なんだけどね」

「はい、そうみたいですね」

「え・・・・・・」

「羅生門でも、ものの見事に逃げ出して、崇慧(たかとし)様を見捨てましたけど、それは置いておくことにします。ありがとうございます」


 柔和な笑顔をしながら、口からぷはっと毒を吐き、晴明(せいめい)の心をしくしくと疼かせる(あき)


「ご、ごめん・・・・・・」


 肩を落とし、うな垂れる晴明(せいめい)


(あき)、あまり責めないように。晴明(せいめい)様は一生懸命頑張ったのですから」


 いつの間に現われたのか、崇慧(たかとし)の横に天一が寄り添うように座し、(あき)に注意をうながす。


「い、いいんです、逃げたのは事実ですし」

「でも、崇慧(たかとし)様を助け、努力したのも事実です」

「はぁ・・・・・・」

晴明(せいめい)様には才能があります、自信を持ってください」

「僕に、才能はありませんよ」


 謙遜する晴明(せいめい)に、崇慧(たかとし)が首を振る。


「お前と出会ったときのこと、俺が鬼女を調伏しているときのことを覚えているか?」

「う、うん、当然覚えているよ」

「あのとき、邸には結界を張っていたんだ」

「結界?」

「ああ、結界を張っていたにもかかわらず、お前は邸に入ってきた。それが、どういうことかわかるか?」

「え? い、いや、その・・・・・・」

「お前は無意識に結界を擦り抜けて侵入したんだ。力のない奴がそんなことできるはずがない」

「・・・・・・・・・・・・」

「お前は、自分でも知らない力を秘めている。だから、俺の手伝いをさせたんだよ」


 そんなこと言われても全然わからない晴明(せいめい)は、呆然と崇慧(たかとし)を見つめる。

 すっと、手が差し出される。

 目の前にある崇慧(たかとし)の手を、無言で見つめる晴明(せいめい)


「これからも力を貸してくれ・・・・・・・・・・・・晴明(せいめい)


 どくんと心臓が弾ける。

 崇慧(たかとし)の口から、ちゃんとした名前を言われると思わず、鼓動と血流が早くなる。

 手から眸に、そして手に戻ると、無言で差し出された手を握り締める。

 握り返してくる力を感じ、自分も力を入れる。

 二人の顔が自然と笑顔になる。

 初めて交わす自然な笑顔に。


「こちらこそ、よろしく」




 夜の闇が晴れ、溢れる朝焼けが二人を包み込んでいく。

 輝ける未来を照らし出し、晴明(せいめい)崇慧(たかとし)を祝福するように――。


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