造られし世界の崩壊
――もう指一本さえ動かすことができない。このまま気を失って、意識を取り戻すまで動きたくなんてない。
思えば思うほど、崇慧の瞼が重くなっていく。
眠りにつこうと決めたのも束の間、微かな振動がそれを阻害した。
それはしだいに大きくなり、地鳴りとなる。
うっすらと開いた眸に、空間に亀裂が入っていくのが見える。
それは、この世界の崩壊を意味していた。
空間を作り出していた一言主の死が起因となったのだ。
天に亀裂が走るのだ、地面に地割れが発生するのは当然のこと。
地の裂け目が広がり、横になっている崇慧に迫っていくが、彼は起きる気配がない。
と、いうよりも動けない。
だから、逃げる素振りも見せず、割れ目の中に吸い込まれていく。
が、崇慧の躰が浮遊感に包まれ、がくんと抵抗感を覚える。
右腕が何かに引っかかり、ぶら下がっているようだ。
うな垂れた顔をおっくうそうにあげて、ちらりと見てみる。
手首に何かが巻きついていた。
しかし、それが何かわからず、顔をあげているのに疲れてしまうと、下げていく。
「・・・・・・・・・・・・!」
――なにか聞える。
「・・・・・・・・・・・・し!」
――まただ。またなにかが聞えた。
「・・・・・・んで、崇慧!!」
躰が震え、下げかけた顔をおもむろにあげる。
絡まっていたのは、晴明の血にまみれた手だ。
「僕の手を掴んで、崇慧!」
「・・・・・・晴・・・・・・明」
「崇慧! 僕の手を掴んで上にあがるんだ!」
「・・・・・・せ」
「え?」
囁きは耳に届かず聞き返す。
「・・・・・・すんだ」
「聞えない、聞えないよ、崇慧」
「・・・・・・手を、離すんだ」
「な、何を言っているんだよ!」
うな垂れたまま自分を見ようとしない崇慧に、声を荒げる。
掴んだ手を揺らし、こっちを見るように促すが、微かにも動かさない。
「崇慧!」
「手を離さないと、お前も落ちて死ぬぞ」
「だったら、君が上にあがればいいじゃないか!」
「・・・・・・疲れたんだ。少し休ませてくれ」
「な!? じょ、冗談だよね?」
黙して語らずとは、今の崇慧のことだろう。
無視するように晴明を見ない。
その間にも、周囲から世界は消え、二人を深淵に飲み込もうと迫ってくる。
「・・・・・・死んでも、かまわないってことなの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「君は、君はそんな情けないやつだったのかよ! 困っている人を助けるんじゃなかったの? そのために、神にさえ戦いを挑んで勝ったんじゃないのかよ!!」
うな垂れた顔がかすかに動く。
「一言主を倒したからって最後じゃない。魑魅魍魎は未曾有にいるんだ。なのに、君は助けを求める人を見捨てるって言うの! 逃げ出すって言うの!!」
いままでさんざん逃げまわり、怯えまくっていた晴明の言葉が崇慧の胸を疼かせる。
底の底から沸々と苛立ちが沸き起こり、俯いている顔がぴくぴくと動く。
眉間にはいままでにないくらい深い皺が刻まれ、こめかみには太い血管が浮き出している。
顔を上げ、罵倒する言葉を吐き出しそうなのを押さえ込み、数回深呼吸する。
「・・・・・・さい」
「え?」
「うるさいんだよ、お前は」
下げていた顔が上を向く。
感情のない無機質な表情と、冷ややかな視線が晴明に注がれる。
いつもと少し違う崇慧の表情に、背筋がぞくりとして、身震いする
「俺は、少し休ませろと言っただけだ。誰が死ぬと言った」
垂れ下がっている痛めた腕を振り上げ、晴明の腕を掴む。
途端に晴明の腕に付加が加わり、引きずりこまれそうになる。
「おら、さっさと引き上げろ」
「お、おらって・・・・・・」
もう立場が元に戻ったと思いながら、痛む腕も使って崇慧を引き上げていく。
時折、傷の疼きで、崇慧が落ちていくが、それでもなんとか引っ張り上げることに成功すると、二人は地面に大の字になって横たわった。
荒い息を吐き、眸を閉じて呼吸を整えていると、そのまま眠りにつきそうになる。
寝ると、永遠の眠りにつくのだが、それはごめんこうむりたい。
重い躰を折り曲げ、使える腕で立ち上がる崇慧。
「いつまで寝ているつもりだ」
「ご、ごめん」
立ち上がったものの、ふらふらと倒れそうになるのを、ぐっと堪えて崇慧と対面する。
「崇慧、君が無事でよかった」
「それは、ここから抜け出してから言うんだな」
「う、うん。でも、ここから出られるの?」
周囲を見回すと崩壊は目の前まで迫っており、早くここから出なければ死んでしまう。
焦りで辺りを見回す晴明に対して、崇慧は冷静そのものだ。
「出られるさ」
「ど、どうやって?」
余裕を見せる崇慧と焦る晴明の前に、一滴の水滴がゆっくりと降ってくる。
無意識に視線を注ぐ晴明。
水滴は地面に弾けて四散したが、水面でもないのに、地に波紋を広げて二人を包み込んでいく。
下に向けていた眸を崇慧に向けたと同時に、とぷんと水音がしたかと思えば、自分の足が引き込まれて水没し始めた。
「た、た、崇慧! あ、足が!?」
ちょっとの時間にもかかわらず、膝上まで飲み込まれる晴明。
「落ち着け、晴明」
「お、お、お、お、落ち着いてなんていられないよ!」
「いいから、暴れるな」
「だ、だって、引きずり込まれているんだよ!」
すでに腰まで飲み込まれ、必死に這い上がろうと手を動かし、躰を動かして抗うものの、それは無駄な抵抗だった。
「崇慧! 崇慧!!」
泣き叫ぶ晴明の姿が、とぷんと音をたてて消える。
それと共に、一言主の作り出した世界には崇慧一人が存在することになった。
底なし沼のように、暴れた晴明が先に飲み込まれ、大人しくしていた崇慧はまだ首の辺りまでしか沈んでいなかった。
しかし、それも束の間。
鼻の辺りまで浸かると、崇慧は眸を閉じて時が来るのをおとなしく待ち、そして、一言主の世界から誰もいなくなった。
狭間の崩壊よりも先に。




