再会は沈鬱の始まり
――な、なぜここに!?
そこに立っていたのは先日、物の怪を調伏した陰陽師の少年だったからだ。
陰陽寮にいるということは、自分と同じく陰陽師を目指す者、もしくはすでに陰陽師なのだろうかと思い、じっと凝視していると、少年の眸が鋭く睨み返してきた。
慌てて視線をそらす晴明を見て、少年は無表情のまま鼻から息を吐き出し、視線を庭へと向ける。
「こちらは、天文博士である村主真人殿のご子息、崇慧だ。陰陽生の一人だが、ゆえあっていままで赴けなかったのだが、今日から共に過ごすことになる。保憲、指導のほう、よろしく頼むぞ」
「わかりました、私にお任せください」
紹介された崇慧はわずかに二人を見たものの、また庭へと顔を向ける。
「とは言ったものの、なかなか難しそうですね」
崇慧を見て気遣いが必要だと感じ取るものの、自分の職務は指導することであり、他の者たちと打ち解けさせるのも仕事の一つでもあった。
「少々性格にクセはある。が、陰陽師としての才覚はあるはずだ」
「何度も言っているが、俺は陰陽師として縛られたくはない」
風に揺らぎ、茂る樹を見つめながら、はっきりとした口調で答える崇慧。
指導者である保憲と、陰陽寮を統括する陰陽頭を前にして、陰陽師になりたくないとの宣言に、話題の蚊帳の外にいる晴明の鼓動が早くなる。
「村主殿の是非との願いなのだが、本人はこの通りだ。大丈夫か?」
「ええ、時間はありますし、頑張らせていただきます」
「そうか、そう言ってもらえると助かる」
自分の発言を気にしない二人の賀茂に、崇慧の内心はいらいらで熱っていたが、表情は出さないままだ。
感情を忘れた顔をしている崇慧を、晴明はおどおどしつつ、眸を離せずにいた。
誰も自分に構うなという気を発し、人を寄せ付けない雰囲気があるのに、なぜか惹かれてしまうのだ。
それと、先日のことも気になっているという理由もあるだろう、いつまでも見続けていると、ばっ、と崇慧が晴明を見る。
何をじろじろ見ているんだ、と崇慧が威嚇する目つきで見返し、瞬時に眸をそらす晴明。
ぴりぴりとした空気が流れるのを肌で感じ取り、恐怖で自然と涙が浮かんでくる。
「や、保憲様、そろそろお仕事に戻らないと……」
すぐに場を去りたい晴明の訴えに、心情を汲み取った保憲は、陰陽頭と陰陽生に頭を下げ、晴明を促して書物室に進んだ。
「晴明、もしかして彼のことが恐いのかい?」
「え!?」
ずばり尋ねられ、狼狽しながら後ろを振り返り、遠方に去っていく二人の後ろ姿を確認すると、正面に戻して軽く上下に頭を動かした。
「少し気難しそうだけど、これから陰陽師として勉学と職務を共にする仲間だ。性急に絆を結ぶことを考えず、ゆっくりと繋がりを作り上げなさい」
「は、はい、頑張ってみます……」
「ああ、期待しているよ」
答えるのは簡単だが、実際仲良くできるとは思えない。
それどころか、晴明本人が陰陽師になりたくないのだから困ったものである。
もし話しかけるのなら、その辺りの話題なのかもしれない。
――僕も陰陽師にはなりたくないんだ、一緒だね。
最初の問いかけは、こんな感じでいいかなと頭の中で妄想をしてみた。
だが、陰陽頭に対して、物怖じしない崇慧の発言を思い出すと、蝋燭の火を消すように、ふっと妄想が消えていく。
――きっと話しかけても、あの冷たい目線で無視されるんだ。
想像しただけで憂鬱になり、躰の中に淀んだ空気が満たされていくのがわかる。
晴明は保憲に気付かれないように溜息をつき、これからの生活を思い描いて肩を落とした。