朝の担務は眠気と共に
延暦十三年、桓武天皇により国の中心となった平安京。
地方よりさまざまな人々が集まり、賑わい、栄えていった結果、暴力に溢れ、人を苦しめることも増していき、感情に呼応するように魑魅魍魎も溢れ、平安京に巣食わせるにいたった。
闇に紛れて跋扈する無数の妖に、誰もが夜間の外出を控え、それがさらに人ならざるモノを蔓延らせると、夜の京を魔都へと変貌させた。
それでも人間が暮らせるのは、妖の調伏、浄化をおこなう修道僧や陰陽師の存在があったからだ。
そんな数いる陰陽師の中に、後世に名を残す稀代の術者がいる。
その者の名は、安倍晴明。
齢、十五の陰陽師の卵である。
現在の彼は才能のかけらもない、むしろ陰陽師になるのがたまらなく嫌で、陰陽寮を辞めたいと心に抱いていた。
今朝の彼は眠い目を懸命に開き、先日、物の怪に襲われたせいで穢れに触れ、数日の物忌みで陰陽寮を休んでいたために溜まった、公務という名の雑用を片付けていた。
鼬の物の怪に襲われるという、不幸なできごとのせいで所々に負った打撲が鈍い痛みを訴え、軟膏を塗った擦過傷が衣とすれてぴりぴりする。
それに、初めて味わった恐怖と興奮がいまだに抜けないため、なかなか寝付けず、あくびで大きく開きそうな口を必死に抑えているところだった。
「なんだか、ここ最近眠そうだね、晴明?」
両手に抱えた書物で手が使えず、口をわずかに開いてあくびをした晴明だったが、明らかにわかる仕草と涙目を見て、師である賀茂保憲が話しかけてきた。
「す、すいません、ちょっと寝不足なもので……」
「はははっ。まあ、しかたない。私だって眠い時はあるからね」
「保憲様でも眠い時があるのですか?」
「当然だよ。眠くもなれば、疲れることもある。それでも、怪我や大病で倒れない限り、与えられた職務をこなさなければね」
「そうですよね、お仕事ですものね……」
仕事という言葉に晴明は溜息をもらしそうになるが、それを我慢して、保憲と共に書物室へと続く長い廊下を歩いていく。
しばらく他愛もない会話をしながら歩を進めている二人の前に、廊下を曲がって二人の人物が姿を現した。
二人は緩めていた気持ちを一気に引き締める。
「おはようございます」
「お、おはようございます、忠行様」
保憲はゆっくりと、晴明は慌てて挨拶をすると、忠行と呼ばれた初老の男は軽く頭を下げた。
陰陽寮を統括している陰陽頭、賀茂忠行である。
「二人とも、お勤めご苦労だな」
「いえ、当たり前のことをしているだけです」
「うむ、良き心構え。隣に立つ陰陽生は眠たそうな顔をしているようだが、まだお勤めには慣れぬか?」
保憲の父親にして、陰陽頭である賀茂忠行に声をかけられただけでもうろたえてしまうのに、眠気を帯びていることを指摘され、忠行を直視できずに視線を泳がせ、あからさまに動揺を見せる。
「ふっふっふっ、そんなに慌てずともよい。眠いことを責めているわけではないのだから、心を楽にもちたまえ」
「は、はい、すいません」
勢いよく頭を下げる晴明だったが、烏帽子がずれて視界を遮ってしまう。
両手の塞がっている晴明は、弾みをつけて何度か顔を上にあげ、視界を確保しようと悪戦苦闘をしていたが、助け舟だと保憲が手を伸ばして烏帽子を正す。
「これで大丈夫かい?」
「は、はい、すいません。ありがとうございます」
笑顔を見せる晴明だったが、陰陽頭の存在を思い出すと、真顔に戻りつつ、横に立っている同年代とおぼしき少年をちらりと窺った。
その瞬間、晴明は眸を見開き、どくんと心臓が脈打つ。