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陰陽双記譚  作者: 奥義 扇
焔虐の狼煙は冥道より昇る
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呵責に包まれし家路

 泣きながら少年は逃げ出した。

 ごめんなさい、ごめんなさいと詫びながら。

 いけないとわかっていても、鬼女のときよりも苦戦している崇慧(たかとし)を見て、本当にだめだと心が折れてしまったのだ。

 改心の一撃も腕を吹き飛ばすだけで、相手の怒りを買っただけ。


――神に勝てるはずがない。僕は、だめな人間だ。ごめん。


 逃げ出す晴明(せいめい)を見て、少年への想いが失望に変わる。


――たった数日間、行動を共にしたからといって、がらにもなく期待をしていたというのか、この俺が。あいつを頼ろうとした俺が馬鹿だった。俺は、いつも独りじゃないか。


 崇慧(たかとし)は自分を卑下すると、晴明(せいめい)の存在を心の奥にしまい、すぐに気持ちを切り替える。

 物思いに耽る余裕などない。

 今は後ろにいる邪な神を調伏することに集中しなければ。


「貴様を倒すのは、俺一人で十分だ!」


 振り返りながら立ち上がり、印を結ぶ。


「ちはやぶる、神の御楯(みたて)をもって、魍魎(もうりょう)悪鬼(あっき)怨霊(おんりょう)邪魂(じゃこん)、赦されざる者の所業を打ち祓え!」


 純白の壁が崇慧(たかとし)の前に現われ、流れる熱波を遮る。


『そのような光、われにとっては紙切れに等しいわ』

「やれるのなら、やってみろ!」


 足を踏ん張り、印を結んで精神を統一する。


「一切の如来に帰命いたします。あらゆる方角の一切のところにおいて、叱咤される恐るべき大……」

『砕破』


 ぱきんと壁にひびが入り、それが一気に広がったかと思ったときには、純白の壁が砕け散っていた。

 たったの一言で、だ。


「な!?」

『われを誰だと思っている。われは一言主の神。神自身の力なら簡単にはいかないが、人を介しての物など、塵にも等しい』

「くそっ、神の力はこれほどか……」

『そうだ、神は偉大なのだよ』


 だからこそ、崇慧(たかとし)は神をますます嫌いになった。

 自らを偉大で完璧と思っている神を。

 神とて持っていない力があるからこそ、補完するように他の神がそれを司っている。

 神は人間と同じく未熟で、未完な存在だと崇慧(たかとし)は常々思っていた。


『神に抗うのはよすのだな、人間』


 腕の形をした炎を崇慧(たかとし)に向け、にたにたと笑う。


「俺は……俺は、こんなところで終わる人間じゃない!!」


 崇慧(たかとし)の絶叫が羅生門付近にこだました刹那、爆音がそれをかき消す。

 晴明(せいめい)の背後で、闇を打ち消す真っ白な閃光が発せられ、平安京(たいらのみやこ)を包み込むのではないかと思えるほどの広がりをみせたが、しだいに収束して再び夜の闇に閉ざされた。

 夜が昼に変わるほどの(まばゆ)きに、邸の中にいた人達も道端に姿を現し、なにが起こったのだろうと話を始める。

 それを横にして、人にぶつかったり転げそうになったりしつつ、晴明(せいめい)はよろよろと走り続けていた。

 自分だけは光の正体を知っている。

 あそこには、自分が置いてきた友達がいる。

 そして、一言主という神も。

 涙が溢れて止まらない。

 いま流している涙は恐怖もあるが、それ以外の意味合いが大きかった。

 瀕死の友を置き去りにして逃げ出した情けなさに、涙が溢れ出して止めることができないのだ。


――僕は、心底だめな人間だ。もう、彼に合わせる顔がない。


 走るのをやめ、うつむきながらふらふら歩いていると、前から早駆けの馬が迫ってくる。

 顔を上げ、騎乗している人を見てから、晴明(せいめい)は慌てて細い路地に逃げ込んだ。

 遅れて、数頭の馬が目の前を過ぎ去っていく。

 馬に乗っていた人達の中に、保憲(やすのり)の姿があったのだ。

 保憲(やすのり)晴明(せいめい)の存在に気づかず、真剣な面持ちで光の発生源に向かって手綱をさばいていた。

 そこに晴明(せいめい)がいて、物の怪と戦っているのだと、なにかあれば助力するつもりでいるのだ。

 だが、保憲(やすのり)の思いとは裏腹に少年は逃げ出し、自分の後ろ姿を見送っている。

 くしゃくしゃの顔で涙を流し、その場に座り込む子供の姿を通りに出た人が見つけて声をかけるが、少年は泣き崩れるだけで、かけられた声に答えることはなかった。

 ひとしきり泣き、涙が枯れると晴明(せいめい)は立ち上がり、無意識に自分の家へと足を進めた。

 家までの道のりは向かうときよりもはるかに遠く感じられ、帰宅したときには朝焼(あさや)けが平安京(たいらのみやこ)を照らし、本日も快晴だと告げていた。


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