邂逅は突然に 後編
にたりと口元を吊り上げた表情を見て、陰陽師がいぶかしむ。
『貴様の負けだ。陰陽師』
「は? 頭がおかしくなったか?」
刃のように鋭い牙を、かちかちと打ち鳴らしながら笑い始める物の怪に眉を顰める。
鼬はそれを気にすることもなく、空気を吸い込んで喉元を膨らませると一気に吐き出し、口から出た瞬間、息は炎をまとい、火炎となって陰陽師に迫った。
それと共に鼬は風の刃を投げつけ、炎をまとうと、火炎の刃と化して、刻み、燃やさんと急接近してくる。
『お前の負けだぁ! ぎゃははははっ!!』
「炎とかまいたちの合わせ技か。その程度で勝ったつもりか?」
『そうだ、我の勝ちだ!』
「やはり知能の低い獣だな。それで俺は倒せない」
『誰が貴様を倒すと言った』
「は?」
にんまりと笑う眸が、歓喜で輝く。
少年の陰陽師はさきほどと同じ呪符を取り出し、炎のかまいたちを消滅させると、鼬を調伏しようと踏み出した、その時だった。
消滅していく炎を切り裂きながら、別の刃が飛翔してきた。
それは、自分を狙って飛んでくるものではなく、別方向に飛んでいく。
斜め後方、いまだに座り込んでいる少年にめがけてだ。
『童、そいつを助けなくていいのか?』
「関係ないな」
『なにっ!?』
「俺は慈善事業をしているわけじゃない。自分に不利となるモノは切り捨てる」
呼吸を整え、素早く両手で印を結び、真言を口にする。
「ナウボウ アキャキャ ギャラバヤ オン アリキャ マリ ボリ ソワカ!」
真言の終わりと共に、光の筋が鼬に向って一直線に飛んでいく。
『お、陰陽師のくせに、物の怪に襲われる民を救わないのかぁ――!?』
「獣が戯言を言うな」
光に貫かれた鼬はすさまじい咆哮をあげ、閃光が消えると共にその姿も消失していく。
完全に物の怪が消えたのを確認してから、鼬の攻撃を受けた少年の様子を見ようと、陰陽師は後方を振り返る。
少年は地面に突っ伏しており、一見死んだように見えるが、近づいて確認すると、ただ単に気を失って倒れているだけということが解かる。
かまいたちが自分に迫り、死ぬと思ってそのまま失神したのだ。
そもそもこの少年は死にはしない。
なぜなら風刃は少年の前で四散することになっていたからだ。
彼の前に作り出されていた見えない障壁が、まだ効力を失わずに少年を護っており、鼬も少年もそれに気づいていなかった。
だからこそ、若き陰陽師は鼬に集中できたのだ。
陰陽師はしばらく少年の横顔を見続けていたが、改めてきちんと息をしているのを確認すると、気を失っている少年をその場に残して姿を消した。
この少年、安倍晴明が意識を取り戻すのは、それから一刻ほどしてからだった。