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陰陽双記譚  作者: 奥義 扇
胎動は人心の底から
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その一言に心弾み

 血の気が引き、地面に腰を抜かす晴明(せいめい)

 爆発の衝撃が躰を駆け抜け、いまだに振動が収まらない。

 いや、収まっているのだが、恐怖で躰が震えて、その揺れと勘違いしているのだ。


「オン バ ケイ ダ ノウ マク!」


 恐怖で立ち上がれなくなっている晴明(せいめい)と大違いで、崇慧(たかとし)は真言を唱え、上空で滞空している一丈ほどの大きさをした大鴉の調伏をおこなっている。

 形勢が不利とみた大鴉は、大きく鳴くと、旋回しながら自分と同じ色の闇空に紛れようと翼をばたつかせる。

 が、鴉の飛翔より閃光のほうがあきらかに早く、全身を駆け抜けていく。

 その瞬間、大鴉は失速し、墜落しながらばらばらといくつもの塊に散らばると、地面に激突しては跳ね上がり、液体を垂れ流して地面を汚していく。


「ひっあぁ!」


 一部が足元に転がってくると情けない声を上げ、腰の抜けた晴明(せいめい)は這いずって逃げていく。

 大鴉の正体は、何十羽もの鴉の集合体で、長く生きた鴉が知識を持ち、寄り集まって生まれた物の怪だった。

 分離した鴉達は、ひとしきり地面で暴れまわると、ぐしゅぐしゅと肉が溶け出し、卵の腐ったような異臭を放って絶命していく。

 どろどろになりながら暴れるものだから、肉片はそこらに散らばり、いくつもの破片が晴明(せいめい)の服や顔にぺたぺたとくっついてくる。


「うぎゃぎゃぁぁ―!?」


 晴明(せいめい)はおかしな叫び声を上げ、顔についた肉片を裾で拭い、地面に振り落とす。

 それでも暴れながら死んでいく鴉の数が多いため、取っても取ってもきりがなかった。

 腰を抜かしている少年は遠くへの移動も困難で、せめてもの抵抗は、鼻をつまんで腐敗臭を防ぐことだけだ。

 やがて動く鴉はいなくなり、周囲には崩れた肉と、剥き出しになった無数の骨だけが残された。

 一段落して落ち着きを取り戻した晴明(せいめい)があることに気づく。

 崇慧(たかとし)の格好だ。

 血と肉片まみれの自分と違い、彼は汚れ一つない綺麗さだった。

 立ち上がり、血の汚れは仕方ないとして、取れるところの肉を取ると崇慧(たかとし)に迫る。


「ど、どうして君は、汚れていないんだよ?」


 晴明(せいめい)のあまりの汚さに、少年は鼻を摘まんで表情を歪ませた。


「汚いなぁ。どうして、そんなことになるんだ?」

「どうしてって、鴉が暴れたからだよ! 君はどうして、どうして綺麗なんだよ?」

「隠れていたからだ」

「か、隠れて!?」

「そうだよ。ああなることはわかっていたから、真言を唱え終わってすぐに物陰に隠れたんだ」


 二人がいるのは、右京に所在する数ある廃れたお寺の一つ。

 そこの境内で大鴉退治をしていたのだが、周囲には茂った木もあれば、崩れた仏閣堂もある。

 身を隠そうと思えば、いくらでも隠れられる場所があった。

 だから崇慧(たかとし)は隠れて飛び散る肉片を避けたのだ。


「ひ、ひどい……」

「なんで?」

「なんでって、ああなるとわかっているなら、一言言ってくれてもいいじゃないか!」

「腰を抜かしていて、動けたのか?」

「うぐっ……」


 言葉を失くし、俯きながら拳を握り締めて肩を震わせる。

 確かに動けないのだから、隠れることはできなかったかもしれない。

 それでも一言、言葉がほしかった。

 わかっていたら崇慧(たかとし)が真言を唱える前に、身を隠すことだってできたのだから。

 いや、その前に腰を抜かしていたのが真実だけど。

 不服そうな顔の晴明(せいめい)をそのままに、崇慧(たかとし)は帰り支度を始める。


「帰るの?」

「ああ、なにかあったら事後処理としてお前がやったことにさせるつもりだが、なにもなければなにもすることはない」

「……それってつまり、今日は用なしだったと?」

「そうみたいだな」

「僕って、そんなに必要ないじゃないか……」

「それでも、こうやってつきあってくれる晴明(はれあき)が、俺は好きだぜ」


 最後の思いがけない言葉に、晴明(せいめい)の心臓が弾み、高揚感に覆われる。

 好感をもたれて悪い気はしないが、それは時と場合による。

 なにもないのに、何度も呼び出されたのではたまったものではない。必要だと思う時だけ呼んでほしいのだが、それが言葉にできない。

 それに、言ったところで拒否されるのは容易に想像できる。

 いつなにがあるかわからないのだから常に来ておけ、とでも言われるのが落ちだと、口を噤むことにする。

 もう一言言いたそうな晴明(せいめい)をそのままに、崇慧(たかとし)は鳥居に向かって歩き出す。


「ちょ、待ってよ、崇慧(たかとし)!」


 散らばる鴉の残骸を避け、時折ばきばきと骨を踏み砕きながら、鳥居の下に立つ同僚に駆け寄る。

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