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歪んだ欲求

作者: 志信

私は何度も深呼吸をして自分を落ち付かせていた。

興奮に見開いた目を足元に落とせば、ベッドで幸せそうに寝息を立てる葉月がいる。

全身がぶるぶると震えた。気持ちの高ぶりを抑え切れない。



葉月と私は互いに認める親友同士。

小学校では六年間同じクラスだった。中学校ではテニス部に所属、ダブルスの大会でいいところまで進んだこともある。

違う高校に通うようになった今でも、暇さえあれば一緒に遊ぶ仲だ。


今日はそんな親友の誕生日である。

ケーキとプレゼント、ついでにこっそり買ったチューハイの缶をいくつか持って葉月の家に押しかけた。

驚かせようと思っていたので、事前に連絡を取ったりはしていない。その甲斐あって、葉月はかなり驚いてくれた。

「びっくりしたなあ、メールくれれば部屋もきれいにしておいたのに」

「気にすることないって。おじゃましまーす」

葉月は一人暮らしだ。入学した私立の高校が実家から遠いため、アパートを借りている。

誰に気兼ねすることもなく酒が飲めるというものだ。葉月もこういうことにはノリがいい。


少し奮発したケーキは値段相応に美味しかったし、アルコールの助けもあったのだろう。

二人きりの誕生会はなかなかに盛り上がった。

プレゼントした洋服を使っての超短時間ファッションショーは、葉月が一着披露しただけで終了。

その後は独り身の寂しさを体を寄せ合って語り合い、葉月のDVDで映画鑑賞もした。

エンタテイメント性の強くなった最近のプロレスについて熱く語られてしまったが、格闘技はよくわからない。

お返しとばかりに最近のツーリングカーレースで勝利したマシンの性能を情熱的に説明してみた。狙い通り、葉月は首を傾げるばかり。

テニスの世界ランキングに話題が移ると互いにひいきの選手をヨイショしまくり、

BGM代わりに点けていたテレビが一昔前にブームを巻き起こした女占い師を映すと、二人で罵声を浴びせまくった。


「まー、番組は面白いと思うんだけどねー。何が面白いって、あんな言葉を信じて帰る芸能人が」

「同感。――ところで、トイレどこ?」

「あー、そのドア。使うならどうぞ」

「さんきゅ」

狭いトイレで用足しを終え、飲みすぎたのかなーと頭をかきかき部屋に戻れば

葉月はベッドに倒れ込んで深く寝入ってしまっていた。

「ありゃ、寝ちゃった?」

起こそうかと思ったが、寝顔が可愛らしかったのでやめた。

少しは優しいところも見せてやろうかとテレビの電源を切り、眠る葉月の隣に腰を下ろす。

ぷにぷにと頬をつついてみるが、起きる気配はなかった。

「熟睡してるな。そういや、酒に弱かったっけ――」

ひとりごちながら飲み干した缶に目を向け、私はそれを見てしまった。

四分の三ほどを二人で消化した、風月堂の苺ショートケーキ。

葉月はテーブルを勉強机に使っているから当然だろう、青いペン立て。

ケーキを切るのに使っていた、クリームのついた果物ナイフ。



そういう行為があると知ったのはいつだっただろう。

確か、小さい頃に観たテレビ番組でやっていたはずだ。自分でもおかしくなるくらい真剣に観ていたことを覚えている。

それ以来、私はそれがやりたくてたまらなくなってしまった。

しかし、そんなことをしてしまえば皆から白い目で見られるのはわかっていたし

そんなことをさせてもらえる相手もいなかった。

必死に忘れようと努力した。しかし、私はどうしても歪んだ欲求に打ち勝つことができなかったのだ。

私は待った。それをする機会が来るのを必死に待った。

「……」

その機会は、今しかない。


葉月ならば許してくれるのではないかと思えた。

今は二人きりだ。私を邪魔するものは誰もいない。今しかない。

今ならばこの欲求に従うことができる。子供の頃からの夢を果たすことができる。

十数年、この日を待ち続けた。逃してなるものか。今しかないのだ。

「……」

呼吸が荒くなるのを止められない。私はテーブルに手を伸ばし、『それ』に必要なものを取った。

相手は親友の葉月だ。敬意を払う意味でもう少しちゃんとした道具を使いたかったが、背に腹はかえられない。

あらためて葉月に向き直り、体位を考える。

馬乗りが一番楽なのだろうが、それでは葉月が起きてしまう可能性がある。

添い寝をするのも同じく危険だ。贅沢は言えない、私はベッドのすぐそばに膝で立ち、葉月を見下ろすことにした。


「葉月……」

慎重に葉月を仰向けに転がす。少し身じろぎしたが、やはり起きない。いよいよだ。

「……ごめん」

眠り姫に謝罪を述べると、私は手の中の道具をしっかりと握り直した。手汗がひどい。

ハアハアと変態じみてくる自分の息を聞きながら、そっと道具の先端を頬に押し当てる。

そしてゆっくりゆっくり、くすぐるように下に引いていった。葉月の白い肌に縦一文字の傷が描かれる。

「……」

たまらない。今まで我慢し続けた欲望を叩き付けるように

その傷へ直角に交差する線を何本も何本も引く。子供が描く落書きの線路のようになった。

やりすぎたかと思ったが、葉月は眠ったままだ。アルコールが効いているのだろう。

「……へへっ」

頬にざっくりと傷の入った親友。私はエクスタシーという単語の意味を身を持って体感していた。

もう駄目だ。我慢できない。できようはずがない。

「はづき……すごい……」

左手で葉月の頭を固定し、私は道具をところ構わず突き立てていった。

右の目玉をくりぬくように円を描き、額から耳の下まで斜めに赤い線を引く。交通標識の出来損ないのようなマークが完成した。

続いて鼻の下で道具を何度も往復させる。両方の鼻の穴から血が流れた。

口の両端には逆三角形の模様を入れてみる。頬から手を退け、そこにも忘れずに傷を刻む。


「次は……えっと……」

私は夢中で右手を動かした。しかし、幸せな時間は長くは続かない。

「ここをこうして……」

「ん……」

小さな声を一つ、葉月が眠たげに目を開けたのだ。

「……明菜?」

「は、葉月っ――あだっ!」

自分の顔を覗き込んでいる私を怪訝に思ったのか、身を起こす葉月に驚いて

私はザリガニのように後方へ飛び退り、テーブルの角に背中を打ちつけて悶絶した。

「何やってんの?」

「あ、いや、その……えっと、眠いなら、私そろそろ帰るよ……」

「別にいいよ、寝ちゃってごめん。もう少し話してかない?」

「いや、でも……」

うろたえる私に葉月は「変なの」と肩をすくめ、ベッドから立ち上がった。

私を起こしてくれようとしたのか手を差し出し、そして、

「……」

私の握っている道具――葉月が採点に使っているらしい、赤い水性マジックを見た。

「明菜……?」

「その、これはね、あはは……」

猛烈に嫌な予感がしたことだろう。葉月は飛ぶようにベッドへ戻り、置いてある小さな鏡を覗き込んだ。

「――な、何よ、これぇ!?」

絶叫するのも無理はない。


葉月の両頬には八十年代の漫画の海賊がつけていたような傷跡が赤く描かれ、

右目には眼帯と取れなくもない、円と線を組み合わせた落書きがある。

鼻の穴からは唇まで汚す鼻血がやけにリアルに描き込まれており、口の端にはドラキュラを思わせる牙が。

フランケンシュタインのような縫い目は顔のあちこちばかりか、首筋にまで及んでいた。

もちろん、私が描いたのだ。


「あきなぁ……」

「ご、ごめん!でも、昔っからやってみたかったんだって!お笑いの番組でやってたんだよ!」

「だからどうした!そこに座りなさい、もっと凄いの描いてやるっ!!」

「ちょ、勘弁してよ、葉月ぃ!?」

小物入れから油性マジックを取り出し、唯一の出入り口である玄関の前に立ち塞がった葉月。

この狭いアパートでは逃げようとしてもたかが知れている。

「お、お願い!許して!友達でしょ、許してよぉ……」

「んっふっふっふっふ……嫌だ」

キャップの開いたマジックの、鼻につくインクの匂いが感じられた。

観念して座り込む私の肩に手を置き、膝を寄せて葉月が座り込む。


子供の頃からの歪んだ欲求を果たした代償は、それなりに重いようだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 怖い話だと決めつけて読んでいたので、最後まで騙されました!(笑)マジックだったとは…全然気付きませんでした!面白かったです(^-^)楽しませてもらいました☆彡これからも頑張って下さいね(o^…
[一言] こわっと思ったけど、ほっとしました。
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