第八話「初顔合わせ」
「それじゃ……行くよフィーナちゃん」
頭の痛い時間再び――戦装束を身に纏った少女の幻影を投射しながら、僕はフィーナに呼びかけた。
「は、はい。冥……戦乙女様」
応じるフィーナも戦装束に身を包み、どこから見ても戦乙女だった。スカートからちろりと漆黒の尾見えていることと、髪の中から犬系の獣を思わせる耳が覗いていることは大目に見て欲しい。フィーナの転生先に全く当てのなかった僕としては、他に選択肢もなかったのだ。
「いってらっしゃい、我が娘。気をつけて行くのですよ」
闇の神の使いは僕のとんでもないお願いを快く引き受けてくれて、今は実の娘でもあるフィーナに愛情の籠もったまなざしを向けつつ人語で語りかけている。
そもそもこの神獣、さまよい形すら保てなくなった魂を分解し、虚無へと還したり精霊など別の霊的存在に生まれ変わらせることを役目としているそうで、『地獄の番犬』といういかにも恐ろしげな異名を持つ。異名を聞いた時、複数首のある本性があるのではなどと思ったのだがそういう事はないらしく、娘であるフィーナはこの母から犬耳と犬尻尾を受け継ぎ誕生したという訳だ。亡霊というか人間だった頃と比べて髪の色が暗くなったのも親から引き継いだものなのだろう。
(いずれ自身の力で制御して出し入れ可能になるってことだし、深く考えるのは止めよう)
そもそも、フィーナに真実を打ち明け、納得して貰うまでにそうとうの気力と時間を費やしたのだ。戦乙女として戦死者を送り届けた村々までは参謀殿の転送魔法があれば移動に時間など殆どかからないにしても、フィーナが尻尾と耳を隠せる様になるまで待っていたら間違いなく遅刻する。
(あの人達の協力は必要だし、信用を落とす様なことはできないよなぁ)
そう言う意味でも遅刻は拙い。
「参謀さん、よろしく」
「承知した。まずはローウェ村じゃの」
ちなみに、参謀殿を人前に出す時は僕が生前の姿を少しアレンジした幻影を纏わせている。設定は隠居して穏やかな老後を送るところだった大魔術師。
「そうなるね。一応今回スカウトした人達は、戦場ではボクじゃなくフィーナちゃんに指揮して貰うことになると思うから」
まだ確定はしてないが、戦う相手は山賊や盗賊、怪物や邪教の徒など平和に暮らしている人々の脅威となる者となる予定だ。いきなり現れて『人々を救う女神です』などと言ったところで耳を傾けてくれる者などどれほど居ることか。
(まずは、名声と実績を得て人々に認知されないとどうしようもないからなぁ)
広報に神から授けられた力を直接使うのは避けたい、それではカルト教団もどきの誕生が関の山だ。ゆくゆくは僕の手が離れても活動できる様な、人の為になる集団を世界に残したい。
(だからこそ、人間にも出来る普通の戦いで名をあげる)
その為にも将に従う戦力が必要だった。
「着きましたぞ」
「うん」
参謀殿の声に、目を開ければ飛び込んできたのは昨日見た村の入り口。
「あら、おはようござい……」
「おはよう。……ちょっと心苦しいけれど、迎えに来たよ」
人の姿を見て反射的に挨拶しようとしたのであろう女性にばつの悪そうな顔で僕は挨拶を返すと、言葉を続けた。
「迎えに来たよって、伝えて貰えるかな? ご主人と、昨日僕が連れてきた人達に――」
「っ、連れて……行くんですね?」
息を呑んだ女性の問いかけに対して、ここで首を横に振るわけにはいかなかった。
「そう、だから最初に言ったんだよ。お礼なんて言わない方が良いと思うよ、ってね」
結局の所、この女性から僕は夫を奪って行くのだ。戦乱を終わらせ、世界を平和にすると言う大義名分があったとしても。
(はっきり言って、貰った力でぱぱーっとやってしまえば……)
ハッピーエンドを捏造することは容易い。幻術で戦闘自体をなかったことにして死者を全員蘇生させ、幻術の大盤振る舞いで夢オチにでもすれば送り届けた人々は平和に過ごせるのだ。
(もちろん、この村の人達が兵役にかり出され戦った理由がなくなることも条件の一つだけど)
全てをひっくるめて何とかする力が僕にはあった、ただし、力を行使するつもりはさらさらなかった。強力すぎる力は劇薬。僕の力だけで作られた平和は僕の助力なしには維持できないものなのだ、それでは意味がない。
(結局の所、道は二つしかないようなものか)
無駄に人が傷つくかも知れず無駄に死ぬかも知れないがより長く確かな平和が望める道、僕が選び取ったのは険しい方の道だった。
「心の準備は出来てる? これからキミ達にはボクとともに戦って欲しい……というのはもう話しているよね?」
昇天する選択肢を選んだ死者達を浄化の魔法で昇天させ、残った戦死者達の前で僕は確認を取る。こういう時、『やっぱりやめた』と心変わりする者が居てもおかしくはなかったし、フィーナを紹介するにしてもワンクッション置きたかったのだ。
「大丈夫だ。ここの皆で相談もしたが、異議のある者は居なかった」
「そう。まずはお礼を言わせて貰うね、ありがとう」
予想に反して腹が据わっていたのは一度死を経験したからなのかそれとも別の理由なのか、僕にはわからなかったが、力強い答は本当にありがたかった。
「これからよろしくお願いします、と続けたい所なんだけど……キミ達に紹介したい娘がいるんだ」
これならフィーナの紹介もスムーズに行くだろう。
「フィー……」
そう思いつつフィーナを呼ぼうと振り返れば視線の先には誰も居らず、僕は固まって。
「あの……はじめ、まし……て」
木の陰から犬耳の生えた顔半分をぴょこんと覗かせつつおどおど挨拶するフィーナへ気づくのが僅かに遅れる。
「あ、あー……彼女がキミ達の指揮を執るフィーナ」
これから先仲間が増えるであろう事を考えれば、指揮官の存在は理解して貰えるだろう――などと思っていた僕の確信がほんの僅かではあるが、ぐらついた初顔合わせ。後で聞いたところ、あの犬耳が微妙に恥ずかしかったらしい。
(大丈夫、だよね……)
想定外の展開に一抹の不安を覚えつつ、僕はぎこちない動きで首を死者達の方へ向けた。
乙女心は複雑です。
そんな訳で顔合わせも無事終了?
ちなみにフィーナさんの説得は余力があれば外伝か何かでやれたらいいなぁ、とか思ってます。
もちろん続きます。