第七話「戦乙女の目覚め(後編)」
僕はただ無言だった。間が持たない気もしたが、これ以上口を開くと墓穴を掘るだけだと思ったのだ。
(うーん、戦乙女に仕立てる方法かぁ)
かわって考え始めたのが、誤解を招きかねない発言で望んでしまった後背の女性を戦乙女としての僕の側近に仕立てる方法なのだが。
(まず、アンデッドベースで強化するか暗黒神聖魔法で蘇生させて生身の女性として戦乙女にするかだよな)
現時点で実体を持った亡霊の女性であることを考えると、難易度としては前者の方が低い。そもそも、神様も精霊も僕としては霊体っぽいイメージがあるので、一つの手ではあると思う。
(もっとも、浄化魔法で浄化されてしまう可能性があるって致命的な欠点があるんだよなぁ。あと、アンデッド除けの結界や魔法が施されたところには入れないとか)
この世界で最高レベルのネクロマンサーである僕が全力をもって作成にあたればちょっとやそっとで浄化される様なことはないだろうが、アンデッドだとばれたら後々厄介なことになりかねない。
(となると、蘇生か転生がベストかぁ。転生ならそれこそ特殊な力を付与することも難しくないだろうし、適当な他人の身体を乗っ取るってのは問題外だからなぁ)
実を言うと「誤解させてしまったので、責任を取ることになるならやっぱり生身の方が」と考えたこともアンデッドという選択肢を選択肢から取り除こうとしている理由の一つではあった。
(下心なんかじゃないと思いたい……けど)
どう考えても下心だろう。そもそも、こんな展開になった理由の何割かは、件のメイドさんが僕の好みのタイプだったこともあるのだ。公私混同など褒められたものでないし、まだ活動を始めていない内から女性にうつつを抜かす様になっては困る。
(自分を信用できない様であれだけど、使命が使命だけに自分に厳しく行かないといけないよな)
などとまとめて胸中の葛藤を収めようとした時だった――僕の耳が女性の声を知覚したのは。
「王様に見初められて……おとぎ話だけの話だとばかり思ってましたけど、あるんですね……」
(しまった、そこかぁぁぁぁぁっ!)
可能なら絶叫したい。絶叫したかった。確かに、言われてみれば王様とか王子様に見初められて妻にと言うストーリーはうら若き乙女が抱くサクセスストーリーとしては鉄板だ。騎士志望とは言っていたが、彼女にとっての僕は白馬の王子様だったのだろう。
(『冥王』って肩書きからすると白馬というか骨の馬……いや、アンデッドの担ぐ骨製の輿にでものってそうなイメージだけど)
などと、よけいなことを考えている場合ではない。何とかして誤解を解き、本当は世界救済事業の片腕になって欲しいんだと話を持って行かなければならないのだ。
「汝……名は?」
とりあえず、名前を聞こう。
(よし、僕は冷静だ)
いつまでもメイドだとかこの女性だとかではこの人にも悪い。説得するにしても名前で呼んだ方が効果的だろう。
「フィーナと申します」
ここまでは成功だった、だが。
「ですが、良いのですか……こんな私で?」
生身でなく歪められた魂だけの存在であることを指しているのだろうが、その目が駄目だった。
「案ずるな、我に任せよ」
声は自然に口をついて出ていた。そう言えば、昔からすがられると駄目だった気がする。お節介焼きでもあった。だからこそ、元城主の頼みを結果的に聞いたことになって騎士や兵士達をアンデッド化という形ではあるが蘇らせたのだろう。
「汝が願い、叶えた代償だが――」
城主の霊と参謀殿の会話に割り込んだ形となった僕は、半身ずれる様に移動して後ろに連れたメイドの亡霊を見せるとそのまま言葉を続けた。
「あれを貰い受ける」
本来ならここでこの城を譲り受けるという話しになっていたのだ、元城主はともかく参謀殿は驚くかと思ったのだが表情には何も出さず。
「冥王様がそう仰せならば」
と自然にこちらへ合わせてくる。結果だけみれば一晩の苦労で手に入れるはずだった居城をうっちゃって一人の女性を手に入れたわけだが、我ながら馬鹿だと思う。
(さぁ、ここからが本番だぞ)
しかもこの後、どう考えても勘違いを加速させて居るであろうフィーナに本当のことを話して協力を取り付けなければいけないのだ。
(逃げるな僕、逃げるな……)
目には見えざる絶壁のイメージが似合いそうな難関を前に僕の手の中は嫌な汗で濡れていた。
「まぁ、結局どっちでもない選択を選ぶことにした訳だけど」
フィーナへの説明と説得は本当に大変だった、主に僕の精神的な面で。だが、必要な話し合いはそれ一つでは済まなかったのだ。いや、僕の思いつきで済まないことになったが正しいか。
「独り言は終わりですか、我が主の寵愛を受けし者よ」
「あ、はい」
僕を回想から現実に戻したのは闇が狼の形を成したかのような獣。瞳に理知的な光を湛えたこの狼は闇の神の使いであり件の力で僕が呼びだした相手でもある。
「実は一つお願いがありまして――」
アンデッドベースでの強化案、蘇生させる案、戦乙女代理をして貰うにはどちらの案を採用しても後で問題になるのではないかと判断した僕は若干気まずく、申し訳なく思いつつも用件を切り出した。
「んッ……私」
それから暫し後、朽ちて屋根が半分落ちた馬小屋の中、ゆっくりと目を開けたのは一人の少女だった。緑がかった長すぎる髪は急速に成長させた為。
「目覚めたか」
ぼんやりと天井を見上げる少女に僕が声をかければ。
「冥王様ッ!」
「んぷッ」
大きなタライから手足を飛び出させる形で産湯浸かっていた少女は一糸纏わぬ姿のまま、僕を抱きしめた。
「私、本当に生き返って……」
感無量の所申し訳ないのだが、出来れば放して欲しかった。
「フィーナ殿、フィーナ殿……」
「へ?」
「冥王様を殺す気かの?」
そう、一応生身の僕は少女の胸で窒息しかけていたのだから。
「……あ、え、……ご、ごめんなさい」
謝るのはいいのだが、それともう一つ。
「ふ……服を」
「服? ……っきゃぁぁぁぁ?!」
「ぐっ」
ようやく気がついたらしいが、何というか僕の方も限界だった。窒息しかけた直後に放り出されて頭を強打したのだ。
「冥王殿!」
参謀殿の僕を呼ぶ声が微かに耳に聞こえはしたものの、意識は闇に溶けて――これが、僕の率いる戦乙女が筆頭、フィーナの誕生だった。
闇の神に仕える神獣を親とし、転生前の記憶をそのままに肉体だけを戦うに充分な年齢まで成長させたのだが、これで良かったのかどうかは、正直僕にもわからない。生憎直接未来を見るという力は授かっていなかったし、この時僕は気絶したままだったのだから。
ようやく名前も付きまして、主人公を除けば初めての戦乙女、フィーナの誕生です。
元騎士志望だけあって剣の腕は確か(だと思う)のでようやく殺陣的なものも可能になりました。
次回はフィーナと村で過ごしていた戦死者の皆さんとの初顔合わせの予定。
もちろん続きます。