幕間「契約者達の朝」
たまには冥王の出てこない話があってもいいですよね?
今回はリアスと領主のお話です。
「一晩で、三つ?!」
ガタンと音をたて、立ち上がったリアスの顔は驚愕に彩られていた。
「はっ、『冥王』殿からの連絡によりますとパルメイオ砦とカールハンサ砦を制圧。ベイルタッド砦に至っては将を始めとしほぼ全ての者を心服させ砦をまるまる一つこちらへ寝返らせたとのこと」
「ご苦労だった」
「はっ、失礼します」
「ぬぅ、これはあの『冥王』と名乗った者、英雄であることは間違いなさそうですな」
兵を退出させ、報告に思わず唸った男とて外面ほど平静でいられた訳ではない。男は冥王が現れた時金を握らせてさっさと追い払おうとした口なのだ。一介の地方領主でしかない身、何としてでも主君を守ろうと、他者との接触をなるべくさせぬようにと気を配った結果が――。
「懐に飛び込んできた『英雄』を追い払うところだったとは……我が身の不明を恥じるばかりです」
「何を言う、サープ子爵。そもそもは私の身を案じて他者を遠ざけようとしたのでしょう? それに報告も不十分でした」
「……リアス様」
確かに、死体を操っていると言う情報まで得ていれば、サープ子爵の対応も違っていただろう。リアスでなくても英雄の遺品であると疑いは持った筈だ。
「死体をその場に待機させ一人で来たとはいえ、冥王殿が叔父の刺客である可能性は否定出来ませんでした」
「では、何故?」
独白に反して協力を持ちかけた時のリアスには冥王を味方になるかもしれない者と見ているフシがあった。
「あの時点で冥王殿が刺客なら、私は名乗るどころか館に入る前に殺されるか捕らわれていたでしょう」
「なっ、確かに英雄を相手に勝利することなど叶わぬ事ですが、リアス様も英雄の遺品であられます」
「いいえ」
逃げることぐらいできたのではと言外に問うた子爵へ、リアスはかぶりを振って見せた。
「懐に飛び込まれた時点で詰んだも同然ですよ。まして相手が英雄の遺品以上であれば、仮に逃げられたとしても私一人だけです。臣下を見捨てれば人はついて来なくなる。そもそもこの領地の周囲はあの時点であちこち分断され殆ど逃げ場はありませんでした。一人になってしまった私ではできることもたかがしれています」
ですから、賭けてみたのですとリアスは言った。
「どのみちこの館に何時までも潜み続けていることはできなかったでしょう。子爵には悪いですが、王位奪還どころか生き延びる方策さえ見いだせずにいたのです、あの時は」
リアスに好意的だった領主達は僭王軍の電撃的な侵攻に分断、各個撃破され。
「かろうじて踏みとどまっていた皆も殆どが限界。落とさず包囲するにとどめたのは彼らの狙いが私意外の何者でもなかったからです」
リアスの逃げた可能性の低い地方は睨むに留め、大きくても逃げた可能性の高そうな地方から僭王軍は虱潰しに占領して行った。
「あの時、私は逃げ隠れするしかできませんでした。今もあまり変わりませんが、冥王殿のおかげでこの地方への注意はおろそかになっているはずです」
分断されているとはいえ、親リアスの立場をとる大都市が、リアス達の現在地からあまり離れていない場所にあるのだ。
「もう一度だけ、逃げます」
大都市――ディラファイムへと。
「確かに、ディラファイムなら戦力も防衛能力も生産力もありますな」
六つある大都市の一つ。リアスが反撃に出る場合、足がかりにできるのはここしかない。
「ええ」
リアスは子爵に頷きを返すと地図の上に指を滑らせ。
「ディラファイムへ辿り着いたら、まずは西のウスティカン。続いて南中央のオウン。一つ一つ大都市を開ほ」
「ほ、報告します。冥王殿が西の大都市ウスティカンを協力者五十名あまりと共に制圧」
伝令兵の言葉に固まった。リアスは、冥王が元レジスタンス構成員の身内を保護する為に都市を落としたり人攫いを行っていた事まではまだ知らない。
「……何という、規格外な」
「はは……ははは……」
冥王と契約したリアスの朝は、こうしていくつもの驚きと共に過ぎて行くのだった。
大都市がさくっと陥落。
一体冥王はどんな手段で大都市を落としたのか。
いつものお話に戻って続きます