第四十一話「無駄」
「ちくしょうッ、なんて硬さだッ!」
投擲される短剣の数は既に二十本を越えていた。
(縦横無尽に――たぶん飛んでくる軌道や戻って行く軌道もある程度操作出来るんだろうな)
数が増すに連れ、攻撃は複雑に強くなっている。複数の短剣を同じ場所に命中させることで結界の突破を狙ったり、結界の隙間や弱点を探るように多方向からのオールレンジ攻撃に切り替えたり。
(成る程、これが英雄の遺品かぁ)
僕が宰相の地位を要求した時、リアスがすんなり要求を呑んだのも納得がいった。相手が僕だから無傷だが、常人相手なら目の前の男は一騎当千の活躍が出来るだろう。
(つくづく規格外だなぁ。降伏勧告にわざわざ英雄の遺品だってことを持ち出したのは納得がいったけど)
ただ、逆に納得のいかない点も出てきた。これだけの力を持っているのなら盗賊をやるにしてももっと大きなことがやれるはずなのだ。
(この辺の砦の兵士じゃ相手にならないし、何でこんなところで盗賊やってるんだろう)
ひょっとしたら先程の長々とした話の中に答が転がっていたかもしれないのだが、生憎どうでも良い話が多くて聞き流した部分が多かった。
(ま、どっちにしても一方的に攻められっぱなしは癪だよね)
そもそも、時間を無駄遣いする余裕は今の僕にはない。
「では、そろそろこちらからも攻撃させて頂きますよ?」
ちゃんと警告はする。そして、僕が放ったのは、気の塊を撃ち出すごく初歩的な神聖魔法。
「は? あッ、うおッ?!」
ただし、一秒間に五~六発の間隔で放たれたそれは僕の目から見ても初歩ってシロモノじゃなかった。
(うっわぁ……)
ハンマーを打ち付ける様な音を重ねて大地がえぐれ、飛翔する短剣ははじき飛ばされるか粉砕される。
(さすが、英雄。これは反則だわ)
一応男には当ててない、威嚇のつもりで男の足下を狙ったのだが。
「あんた、英雄の遺品ってのは嘘だろ?」
引きつった顔で、ただ確信を込めた声色で男は僕に問うた。
(あー、まぁ、これだけ差があったら誤魔化すのは無理かぁ)
脅威になりうると見てあまり力を抑えなかった僕の自業自得と言えばそうなのだけれど。
「おかしなことを言いますね、ただの神官が英雄の遺品に抗えるとでも?」
「ふざけんな、あんたの実力はどう低く見積もっても英雄クラスだ。つーか、そんなただの神官が居てたまるか!」
まぁ、気持ちはわかる。この世界の神官が全員英雄クラスの力を持っていたら宗教勢力が世界を統一するか戦いの余波で世界自体が滅んでいただろう。
「つーわけで、降参だ、降参」
「おや、妙に潔いですね」
「あんた俺が長々と話してる間にあいつら共々挽肉にしちまえたんだろ、さっきの奴で? だいたい、今更悪あがきしても結果は大して変わんねぇ」
「確かに。貴方の攻撃はまるっきり効きませんでしたからね」
「うるせぇ」
と言うか、ひょっとしたらそれでも僕が力を抑えていたことには気づいていたのだろうか。ぶっちゃけ、もっと上級の神聖魔法を使えば盗賊達を一瞬で消し飛ばすことも、呪いをかけて強制的に命令をきかせることもできはしたのだけれど。
「で、俺達はどうなる? 殺さなかったってことは役人に突き出すのか?」
「残念ながらそうも行かないのですよ。私が英雄の遺品を圧倒する存在だと知られてしまいましたからねぇ。せっかくこれまで隠してきたのに」
「おいおい、隠してきたってさっき名乗ったじゃねぇか英雄の遺品だって!」
「あれはハッタリ対策です。こんな所の盗賊団に英雄の遺品、普通ならあり得ませんからカマをかけたんですよ」
「うぐっ」
ところが、蓋を開けてみれば盗賊の男は本物だった訳で、自分以外の反則的存在を知らなかった僕は過剰に怯えて、やりすぎた。
「だ、だがそれは説明しただろ、俺の存在が公になれば今争ってる僭王かリアス様の軍に徴用されちまう。心情的にゃあリアス様につきてぇが、俺達の身内はここより北に住んでんだ表立って動けば、家族を人質にとられかねねぇんだよ!」
「え?」
そんなこと言っていただろうか。
「えーと」
「ん? どうしたよ?」
どうやら僕は肝心なことを聞き逃していたらしい。男の話が正しければ、盗賊達は言わばリアス寄りのレジスタンスであり、この戦いは無駄だったと言うことになる。
(そうか、兵団が僭王側の砦に勤めていた兵だから敵だと思ったのかぁ)
大ポカだった。
「いえ、実は私達はリアス様に仕えてましてね。敵軍に偽装して砦攻めに向かう途中だったのですよ」
「なっ?!」
言いたいことは、わかる。僕が聞き流したせいだ。
「と言う訳でしてね、良かったら砦攻め、付き合ってくれませんか?」
だが僕は、敢えてうやむやにするように彼らにとってはとんでもないことを切り出した。
長い話って時々耳から耳へ抜けますよね?
それ故の悲劇でした。
続きます。