第三十三話「誕生するもの前編」
「じゃあ、あとのことはよろしくおねがいね」
「はい、戦乙女様」
元盗賊の少女――新たな戦乙女についてはフィーナに丸投げした。めんどくさかった、とかそう言う理由ではない。
(一応僕は男だからね)
転生直後は当然素っ裸であるし、中身が男の僕が立ち会うのはよろしくない。第一、僕には他にすべきことがあったのだ。
(このまま腐らせるのもなぁ)
少女の身体、傷を治して持ってきてしまったのだ。経過時間的に弱めの蘇生魔法をかければ生きた人間の身体になるのだが、いかんせん魂の持ち主は既に転生準備に入ってしまい神獣の胎内だ。
(好きにしてくれ、って言われてもどうしたものだろ……)
僕はフィーナと別れ廊下を歩きながらため息をつく。ここは戦乙女の僕が客分として身を寄せている地方領主の館。戦乙女としての僕が冥王に与えられた部屋を使うのには抵抗があったので、元盗賊の少女の遺体はこの館の僕の部屋へと転送して貰った。
(うーん……)
転生の時、残った身体はどうするのかと聞いてみたのだが、返ってきた答は「好きに使えばいい」だった。拘らないタチなのか、割り切ってしまっているのか、僕に対する礼のつもりなのか。
(このままアンデッド化させて使うのも一つの方法だろうし、あの子も多分そう言うつもりで僕に亡骸を委ねたんだろうけど)
このままただのアンデッドとして使うのも微妙なのだ。死霊術でアンデッド化させるには基本的に魂かそれに近いものがどうしても必要になってくる。
(その魂が無いのがなぁ。別の魂を入れることも出来るけど、それだとあまり上級のアンデッドは作れないし……)
いっそのこと肉体を蘇生させて肉体を得たい魂に入って貰うという手もあるが、肉体が一つしかないとなると絶対もめるだろう。
(内緒だよと言いくるめたとしても、後で一人だけ特別に身体を与えたことがばれたら――)
おそらくは諍いや不和の元になる。
(かといって、今更転生止めてとは言えないし、だいたい戦乙女はまだ足りないぐらいなんだよなぁ)
そう悩んでいた時だった。
(うん? 魂がない……女の子の身体)
とっぴな案が浮かんだのは。
(魂がないなら作ってしまえば良いんだ)
生命の創造を飛び越えて魂の創造。ある種の冒涜行為にも思えるが、人工生命だとか|超高性能AIを持つ人型機械だとか人が自己意識を持った存在を作り出そうとする話は掃いて捨てるほどある。大半は空想の産物で、実現したところを見たことはないけれど。
(自分の魂を女神の力に借りて増強……)
もちろん、一から作るなんて大それたマネはしない。自分の魂を倍加させて分割する、言わばコピーのようなものだ。勿論、倫理観や性的な意識は女性のものに置き換える予定だが、これで上手くいけば戦乙女詐欺とも決別出来る。
(まぁ、ある意味僕が新たな扉を開けることになるんだけどね)
新たに作られる魂もある意味僕なのだから。まぁ、置き換えが正常に作動していれば肉体との違和感も無いと思う。無いと思いたい。
(くっ、と言うか……この負荷は……)
そもそも、今の僕にとってはまず増大させた己の魂を崩壊させずに次の段階へ運ぶことが第一なのだから。
「冥王くん」
「大丈夫です、このまま力を」
頭の中に響く不安げな女神の声に無理矢理笑顔を作り、僕は耐える。
「でも、このままじゃ――」
この時、僕は迂闊にも気づけなかった。
(くそ、思考がまとまらない……こんな筈じゃ……)
僕に力を与えてくれている闇の神には僕の心の声が筒抜けであると言うことに。
「……くんの魂が!」
「大丈夫、楽勝ですよ」
だから、後半は気づかないふりをしてくれていたのかもしれないと思い至ったのはずっと後になってからで――。
「ほら、ね」
この時の僕に出来たことは、作り上げた魂のコピーが魂無き少女の身体に入り込むのを無理矢理作った笑顔で見届けることだけだった。意識を保っていられたのも、かろうじて。
「冥王くん!」
(僕にだって見栄がある。好意を寄せてくれる女の子の前で見苦しくわめくような真似はできないよなぁ)
女神の声を聞きながらブラックアウトした僕の意識が戻ったのは、それから三時間後のことだった。
主人公、分裂してみる。
どうやら二足のわらじはきつかったようです。
とはいうものの、無事新キャラ誕生の兆しっぽくて重畳に思えるのですが。
続きます。