第三十一話「新人勧誘その三」
「えーと……」
どうしてこうなった。多分、僕の今の心境を一言で表すならまさにそれ。
「へげべっ」
小さな子供に刃を向ける様な外道に手加減する必要を僕は感じない。気の塊を撃ち込む暗黒神聖魔法をくらった男はひしゃげて汚れた土壁にめり込むとそのまま動かなくなった。
(遅かった、かぁ)
「ぐ、あ……ああああぁぁ」
道案内してくれた少女の口から慟哭がもれる。
「畜生ッ、畜生ぉッ!」
拳で壁を殴りつけようとしても、魂だけの少女は己の拳を傷つけることすら出来ない。
「う、あ……お姉ちゃん」
血に染まった床と瀕死の子供達。意識がもうろうとしているのか、自分達を死に追いやろうとした男が先に死に至ったことも気づいて居ないのだろう。
「あたいは、……あたいは」
拳を握りしめ後悔しているのか、誰かを恨み呪っているのか、拳とその背中が震えていた。
「我に力授けし漆黒の人よ――我が願いに代えて、傷つきし者らに慈悲を!」
もっとも、僕はその少女の心中を慮る気などサラサラなかったのだけど。
「う……暖かい……」
「あれ? あたし……」
「へ?」
僕の暗黒神聖魔法によって瀕死だった子供達の傷は一瞬で全快し、ゆっくり起きあがる子供達の姿を見て、少女は完全に固まっていた。
「よし、回復完了♪」
「いや、回復完了って……」
「ん? ほら、ボク一応戦乙女だし」
得意げな僕の声で息を吹き返したのか、何だか腑に落ちない表情でこちらを見てくる少女へ僕は首を傾げつつ微笑んで見せて――。
そして、僕の意識は冒頭に戻る訳だけれど。
(どうしてこんなことやってるのかなぁ)
僕の目の前を人骨が歩いて行く。スコップを持ったゾンビがいれば、掃除道具を持った幽霊の姿もあって、下水道という場所と合いまり凄い臭いが立ちこめている。
「何にしてもあんたにゃ借りが出来ちまったからね。他にもアタイに出来ることが有れば言っておくれよ?」
子供達は無事保護した。そして、掃除道具を持った幽霊が先程スカウトしていた少女なのだが。
「また刺客が向けられるかもしれないし、別に隠れ家を用意したらどうかな」
と言う僕の提案で、現在使われなくなった下水道の一部を改装の真っ最中だったりする。
(それにしても、複雑だよね。協力者が多いのは助かるけど)
どうもこのスラムでは人が死ぬのも珍しいことではないらしく、偶然見かけた死者を当人と交渉の上でアンデッド化し、人足として今は改装の手伝いをして貰っている。
(なんだろうなぁ、この何とも言えない気分……)
最終的にはアンデッドが跋扈する地下ダンジョンが完成する予定で、このダンジョンには僕が王都で活動する為の拠点や城へ忍び込む為の地下通路なども作る予定だ。
(何でだろ、戦乙女のお仕事の筈なのに、周囲がアンデッドばっかりのせいか冥王の仕事してる様な……)
「集めた土砂は町の外に転送しておけば良いかの?」
「あ、うん。それでお願い――」
とにかく、暫く休む暇はなさそうだ。僕は参謀殿の問に応じ。
「ただいま戻りました」
「戦乙女のお姉ちゃん、買い出ししてきたよー」
入り口の方から聞こえてきた声に向き直る。
「ありがとう、食べ物は向こうの綺麗な場所に置いておいて。スコップとかはあっちね?」
周囲に亡くなったことが気づかれていなくて遺体の損傷も腐敗もしていなかった死者達には、買い物を頼んでいたのだ。もちろん、ネクロマンシーで防腐処置をした上でアンデッド化させた上で。
「死んだことにも気づかれてないみたいだし、このまま生きてるふりをしつつ物資調達を手伝って欲しいんだ」
何らかの理由で生に未練のあった人達は、そんな僕の申し出に二つ返事で頷いてくれた。
「幸いにも資金はたっぷりあるからね」
下水道の改修工事中、たまたま僕達は金貨の詰まった箱を幾つか見つけていたのだ。誰のものかは解らないが、箱に赤黒い斑点がついていたりしていたところを見るに真っ当なお金とは思えなかったので、一部をスラムにばらまき、残りはこのアジトの運営資金にさせて貰うことにした。
(あの娘達を襲った相手はそろそろ片づいているだろうし――予定とは大きく違う展開だけど、経過は悪くないかな)
少女を殺した刺客はアンデッド化した上で雇い主を襲う様命じてある。命じる時だけ冥王モードにこっそり戻ったのは、戦乙女としての活動方針にそぐわないからだが、僕は子供達の命を何時までも狙われたままにしておきたくなかった。
(上手くいってると良いけど)
ただ、組織の頭は生かして連れてくる様にとも命じておいた。なんだかんだでこの町にはまだ不慣れなのだから、情報源は欲しい。
「それじゃ、午後の改装も張り切っていってみよー♪」
「「おー♪」」
ゾンビが混じっているからか一部濁った「お゛ぉぉ」という感じのものも混ざってるし、声のでない動く白骨は無言のまま拳を突き上げるだけだが、ノリの良いアンデッド達で何よりです。
「……何かが微妙に間違ってる気もするけど、これはこれでいっか♪」
つるはしの岩盤を叩く音がどこからともなく聞こえ始める中、僕はゆっくりと歩き始めた。
「さー、お昼にしよっと♪」
流石にこの臭いの中で昼食は無理なので。
スカウトの話の筈が、気がついたらダンジョンを作り始めていた。
そんなお話でした。
果たして戦乙女は無事スカウトの話に戻れるのか?
続きます。