第二十九話「新人勧誘その一」
(さあ、スカウトだ)
囚われていた女騎士達は助けた。もっとも生者を引き抜くのは不自然なので、最初に引き抜くのは死者であるべきだろう。
(となると、まずは戦死した同僚が居ないかを尋ねるべきだよなぁ)
とはいっても、いきなり戦乙女姿で出ていって戦死者の有無となくなった場所を聞く訳にはいかない。
(神の威光でゴリ押しなんてしたくもないけど、見知らぬ者が尋ねて行って亡くなった同僚について根掘り葉掘り聞くとか無神経極まりないし)
結局、僕に選択肢は残されていなかったのだろう。
「怪しい者、再・登・場!」
とりあえず、胸中のモヤモヤを吹き飛ばす為にふざけてみたが、まさか先日即席で作った肩書きをこんな短いスパンで再利用することになるとは僕にも予想外だった。
「女騎士達による『セナッサ砦の奇跡』を陰で支えた凄腕の密偵」
存在を知るのは牢を脱し砦の制圧を指揮した女騎士とリアス、そしてリアスを匿ったあの領主のみ。
(仕方なかったとはいえ、設定どんどん増えるなぁ)
リアスと領主には辻褄合わせの為にも明かさざるをえず、ただし『冥王』の力は死者を操ることとなっている為、密偵の僕は冥王の僕の一人と言うことになっている。
(英雄として授けられた力が三つもあるなんて知られたら大騒ぎになるだろうしなぁ)
よくよく考えると暗黒神聖魔法については人前で行使するという大ポカやらかしているのだが、あれはここから場所が遠い所での出来事なのでノーカウントだと思いたい。
(って、いけないいけない。今日は戦乙女として活動する予定なんだ。冥王サイドのことばかり考えちゃ……)
僕は頭を振ると、ドアノブに手をかけた。
(あの女騎士の所までは透明状態で移動しよう)
ちなみに、今僕が居るのは、無断で侵入したセナッサ砦の一室。めでたくリアス軍に制圧されたこの砦には、現在囚われていた女騎士達が詰めている。
(力攻めで落とした訳じゃないから中もそこそこ綺麗なんだよね)
一応、女騎士達の逆襲で討たれた者の血痕などが所々にうっすら残っていたりするが、言われなければ気づかないレベルだ。
(さて、問題はあの人がどこに居るかだよなぁ。執務室か、それとも……)
僕が最初に助けたあの女騎士はこの砦を落とした時の活躍が認められて昇進、今はこの砦の太守を任されているらしい。
(うーん)
例の毛虫アンデッドを目として使えば早いじゃないかと思うかもしれないが、砦の主が女騎士達に変わった今、あれを使うのは気が引けるのだ。
(女性の生活空間を覗き見とか、そんなこと……出来る訳ないじゃないか)
チキンというなら呼んでくれればいい、だが変態とか覗き魔などという不名誉なレッテルを貼られるのは御免だ。
(ま、いいや。とりあえず心当たりを順に当たろう)
砦の構造については潜入した時あらかた把握してある。僕は幻影に身を包み気配を絶ったまま、執務室に向かって歩き始めた。
「誰っ?!」
「怪しい者です」
「ああ、あなたね」
前にもかわしたやりとりのなのだが。どうもお気に召さなかったのか砦の太守は脱力した様子で執務机から身を起こしこちらに向き直る。
「今日は、少々無神経な質問をしに伺いました」
一応名目上は救助しそびれた捕虜や行方不明者が居ないか確認する為ということにして、僕は同僚に戦死した者が居なかったかを尋ねた。
「戦死者ね、居たとは思うわ。殿や囮を志願して牢で会わなかった子が何人か居るし。脱走したり敵に下った子も居ないとは言い切れない」
そもそもあの砦に囚われていた女騎士達は女性王族を護衛する為に存在する女性だけの騎士団のメンバーで、リアスの叔父一派がクーデターを起こしたおり、王女や王妃の身柄を狙う兵に強襲され戦いのさなかちりぢりになってしまったらしい。
「私達は王女様を守って途中まで落ち延びたのだけど、待ち伏せにあって王女様と数名を逃すのがやっと」
「そのとき囚われた方々がこの砦に、と」
「そう言うことよ。待ち伏せされた場所周辺の方はさぐるのも難しくないでしょうけど、王都にある城の方は警備が厳しいから――」
「潜り込むのは至難の技、ですか」
まぁ、普通に考えて忍び込むのが簡単な王城があれば王はとっくに暗殺されているだろう。権力者とは因果なもの、戦乱の世となれば命を狙われる確率は更に跳ね上がる。
「では、王城にお邪魔してみるとしましょう」
「そう言えば凄腕の密偵、だったわね」
「はい。多分やろうと思えば簒奪者の首をおみやげに頂いてくることも出来ますが、暗殺者ではありませんので、お土産は王都のお菓子でご容赦下さい」
実際、主要な敵の首を潜入してかって来ることも簡単なのだが、戦乙女のすることでもない。
「あー、要らぬお世話かもしれないけど……気をつけてね」
「ありがとうございます、では」
僕は踵を返すとドアをくぐった瞬間幻影を纏って透明化し。
(参謀殿、王都までお願いします)
口には出さず、参謀役の魔導死霊に転移魔法を頼む。
「うむ、心得た」
瞬時に景色が歪み。
「へぇ、ここが王都かぁ」
気がつけば僕は大都市の通りに立っていた。
(っと、透明のままだと人にぶつかるな)
不可視というのも良いことばかりではないのだ。人ならまだ良いが、馬車に轢かれる可能性もある。
(とりあえず、町中は鎧無しの戦乙女姿で――)
人気のない路地を探して身を滑り込ませた僕は幻影を纏って姿を変えると共に、口調も戦乙女モードに移行する。
「さぁ、行動開始だよ! んー、まずは……観光かなぁ? あ、忘れずにお土産買っておかないとね♪」
性格まで軽くなった様な気がするが、多分気のせいだと思う。と言うか、おのぼりさんっぽい行動も一応カモフラージュなのだ。
(情報収集するにも人の多いところに行かないとね)
僕は通りに戻ると、人の集まりそうな場所を求めて歩き始めた。
やって来ましたとある王都。
果たして戦乙女は無事新人をスカウトできるのか。
そう言う訳で続きます。