第二話「干渉の始まり」
「うっ」
目の前に広がる光景は、地獄絵図というものに近かった。
「あああっ」
「畜生ッ……」
「痛い、痛い……母さ……」
うめき声、悲鳴、救いを求める声。折れた槍や剣が突き刺さる地面のあちこちに人や人だったものが転がり、死肉を食らうつもりなのだろう、カラスや猛禽類と思われる鳥が舞い降りてきている。
「これは……」
僕にとって初めて見る戦場。正直、勘弁して欲しかった。僕は、血とか内臓とかそう言う類のモノを見るのが大の苦手なのだ。学生時代、理科室のホルマリン漬けにされた標本が視界にはいるのが嫌で、棚の前では常に俯いていたぐらいに。
(だからって、もう逃げられないよな――)
僕は、女神の依頼を引き受け、異世界の地に立っているのだから。そもそも、瀕死の重傷を負った多数の人間をスルーできるほど度胸は据わっていない。薄情者ではない、としないのは、視覚的にダメな光景から逃げ出したい気持ちを僕が内包していたからだ。
(夢見が悪いってレベルじゃないもんな。と言うか、夢に見そう……)
もちろん、怪我した人を放っておけない気持ちもあった。それが霧散しそうなほどに目の前の光景がひどかっただけのこと。
「我に力授けし漆黒の人よ――」
本来なら詠唱など必要としない。神々に授けられた力は、僕の想像を超えて強力なモノだった。
(この世界には、魔法が存在するが、人が扱うには必ず詠唱を必要とする、か)
まず、その法則を根本から無視していて。
(人の手に負える魔法では、瀕死の者の傷は治せない……ね)
当然、魔法で行うことが可能な範囲も世界常識を遙かに凌駕していた。
「我が願いに代えて、傷つきし者らに慈悲を!」
「ひっ、なんだこりゃ……」
「うあっ、あああっ!」
言葉がが闇を喚び、地面からしみ出た闇は負傷者達を飲み込んで行く。当然、突如闇に飲み込まれゆく人々はパニックを起こし悲鳴を上げるが。
(治癒魔法なんだけどなぁ)
そう、傷を癒す魔法なのだ。何だかおどろおどろしいのは暗黒魔法に属する為。所謂、暗黒神官とかRPGの敵役が使いそうな魔法を僕は行使した。
「わかりました、貴方に授ける一つめの力は、『闇』の力。闇を恐れる貴方なら、この力に溺れることはないでしょう」
と、女神が語り授けてくれた力だ。力の正式名称は『闇の神の寵愛』。闇の神の端末として、神の有する力を引き出せるというものらしいが、行使可能なレベルが、ラスボスクラス。やろうと思えば、大きな大陸一個を数千年間続く呪いをかけることさえ簡単らしい。
(反則だよなぁ、いくら何でも)
もちろん、僕はそんなことをする気はさらさらない。この強力すぎる力を使えば、七日とかからず乱世を終わらせることができるだろうが、それでは意味がないのだ。
(強すぎる力は劇薬、効果はあるけれど副作用が大きすぎる)
大きな力でおさえつけたモノは、抑制が解かれたとたん、元に戻る。絶対的な力を持つ者が力で抑えつけても解決にはならない。だから、僕は力をセーブすることにした。
(人の生き死にがかかってる時ぐらいは良いよね?)
死にかけている人を救う時は例外として。
「お、おい……」
「な、なんだ? 傷が……」
ようやく魔法の効果に気がついたらしい負傷者達が、闇から解放されて騒ぎ始める。
(さて、それじゃ始めようかな……)
いきなりどこからか治癒魔法をかけられたのだ、元負傷者達には説明が必要だろう。
「おい、あそこに誰か居るぞ!」
「何だ、敵兵か?」
さすがにこちらにも気づいた兵士達が出始めている。
(それにしても、魔法のエフェクト拙いよなぁ)
あれでは、『|神様に喚ばれて戦乱を収めに来た救世主』ですなんて言っても絶対信用されないだろう。だから、僕はこう名乗った――。
「我は『冥王』」
と。
「存命の者に用はない、故に戯れで傷を癒してやった」
不遜な物言いと、感情のこもらぬ冷たいまなざし。僕は精一杯、悪役ぶってみたのだ。まあ、暗黒魔法なんて使った時点で、この方向しか残ってないよなぁとか自虐的に胸中で苦笑いながら。
はい、そういうわけで主人公が『冥王』だったのです。
次回から『冥王』本格始動の予定です。
では、続きます。