第二十八話「セナッサ砦攻防戦(後編)」
(心臓に悪いよなぁ、この空気……)
姿どころか足音さえ認識させない幻影の力があるとはいえ、単身での潜入はホラー系のアクションゲームに近いものがあると僕は思う。
(敵が死角にいて気づかず、振り向いた時には至近距離とか……)
ホラーと違って相手は人間、見た目的な破壊力は比べるべくもないだろうが、外でやらかした大ポカの様に絶叫でもしてしまおうものなら――。
(とにかく、慎重に行こう。できるだけ急ぎながらも)
時折革袋の口を開け、僕はアンデッド毛虫を監視用に残しつつ。
「……チチッ」
(おっと、ネズミか。悪いけど……)
「ヂッ」
衛生面を考え、視界に入った毛虫と同じ暗黒神聖魔法で呪殺する。幻影の力で僕を察知できないネズミは、逃げようとすらせず濁った鳴き声を残してこてんと横たわる。
(よし、アンデッド材料確保)
「ヂュ」
数秒経たずして起きあがったネズミはもはや僕の手駒だ。
「お前は毛虫たちをはこべ」
ここから先は、こういったネズミのアンデッドに監視用毛虫アンデッドを運搬させ、監視網を広げるつもりでいる。
(毛虫を運び終えたら武器庫に侵入、弓の弦を咬み千切らせて……捕虜の脱走にも協力して貰おうかな)
普通に考えれば捕虜は牢か何かに閉じこめられているだろう。看守からカギを盗ませるとか使い方はいくらでもある。
(ま、あんまりやりすぎると獣使いの英雄か英雄の遺品じゃないかって疑われるかも知れないし、ほどほどにしないと)
もっとも、力をセーブして作戦が失敗しては目も当てられない。
今の僕が目指すべきは牢屋だ。
(問題は場所がわからない上に僕建物の構造覚えるのとか苦手なんだよなぁ。方向音痴っぽいし)
最近のゲームにはご丁寧にオートマッピング機能を備えたものが多く、無い場合もネットを検索すれば地図がすぐ見つかる為、僕にはダンジョンやら敵の砦を歩きつつ地図を描く癖はない。勿論、異世界トリップするなり古き良き時代のレトロゲームに手を出すなりしなければそんな機会自体訪れないかも知れないけれど。
(毛虫をもう少し持ってくるべきだったかな。とはいえ、さっきの今だからなぁ。ネクロマンシーの溢用はしづらいし)
制約があるからこそ、僕にできることは少ない。
「なっ、あ、うわぁぁぁっ!」
「わあああっ」
こうやって認識されない状況を利用し、通りかかった敵兵を階段で転ばせる不幸な自己を演出して戦力を削ることぐらい。下にいた別の敵兵を巻き込んだ様なので上手くいけば負傷者は二人。
(「怪我人が多くて簡単に制圧できました」は不自然だけど、負傷して抵抗出来なければ戦い事態が起こらず死者が減るかも知れないし)
地道な努力というものは大事だと思う。
(牢屋って基本的に地下がお約束だよなぁ。下り階段、下り階段っと……あ、ひょっとしてさっき兵士落とした――)
僕が慌てて引き返したのは言うまでもない。
(多分、この下だよな)
兵士を転ばせた時、気づくべきだったのだろう、「落ちた=下」の公式に。
(しかし、拙いところに落としたよなぁ)
今から侵入する場所の入り口で騒ぎを起こすなんてどうかしている。
(兵士、何人居ることやら)
落ちた二人が怪我して怪我人を運ぶ為看守が手を貸し、侵入してみたら誰もいなかったなんて結果オーライな展開など有るはずがないのだ。
「このケダモノ! 近寄らないで!」
「おぉぅ、怖い怖い……」
ほら、この通り――。
(って、何だろうこのテンプレ展開)
「へへへ、良いじゃねぇか。牢の中でじっとしてるのも退屈だろう? だからよぉ……」
「いや、放してッ」
多分、他の兵が怪我人を連れて行って人の目が無くなったのを良いことにスケベ心を起こしたとかそんなところだろうか。声から察するに兵と一緒にいるのは女性が一人。
(ここは……拷問部屋かな?)
多分目的が目的だから別室に連れ出したのだろう。人を効率的に痛めつけると言う『あまり見たくない悪趣味な器具』が並ぶ部屋に他の捕虜の姿はなかった。
(とりあえずまだ未遂みたいだし、間一髪だったってことかな)
何にしても放っておく気など無い。
(抵抗出来ぬ女性を無理矢理乱暴しようなんて、言語道断っ)
鎧を脱ぎ、ズボンまで脱ぎ始めて時点で僕は捕虜を手込めにしようとしている男へ後ろから近寄った。
(自らズボンを脱いだことを悔いるがいいっ)
僕の右手は男の下着にかかり、左手には革袋。
「っ、うげぁぁぁぁぁっ!」
下品な絶叫があがった。何をしたかというと、パンツの中に毛虫のアンデッドをありったけ放り込んだだけなのだが。
(確かあの毛虫、刺されると大人でも涙目になるほど痛かったよなぁ。ま、いいか)
敢えて同情はしない、それだけのことをあの兵士はしようとしたのだから。
(それより、はやく捕虜を助けないと)
未然に防いだものの危ないところだった捕虜が居るのだ。
「防音効果のあるこの部屋に連れ込んだことが仇になりましたね」
「誰っ?!」
とりあえず僕は己の姿を漆黒のフードとローブを着たいかにも密偵風の青年に変更しつつ他者から認識されなくなる幻影を解いた。
「怪しい者です。まあ間諜とか密偵的な何かとでも申しましょうか」
助けに来ました、と続ける僕に絶句する捕虜の女性。
「とはいうものの、僕にできることは限られているのですけどね」
これからこの砦を落とす計画であることを僕はこの捕虜の女性に説明し始めた。
多分なのだが――今まで囚われの身で幸運にも脱走出来そうな状況が訪れた場合。
(砦の制圧ではなく逃亡を図る人も居るよね)
だが、逃げる捕虜と戦う捕虜に別れた場合、僕だけではフォローの手が回らなくなる恐れがある。
「そう言う訳で影からフォローしますが、砦の中まで忍び込める凄腕の密偵が居ると言う事実を知られて敵に無用の警戒を抱かせたくない訳でして――」
「私が解放されたみんなを先導してこの砦を落とせばいいのね?」
「そういうことです。いやぁ、お話が速くて助かりますよ」
英雄である部分を凄腕の密偵に置き換え、英雄としての能力をぼかし僕はその女性と話を付けた。
(全員事情を知らないとイレギュラーが怖いからなぁ)
一人ぐらいは話しておいた方が良いだろうと踏んだ訳だ。
「そこの彼については、貴女に不埒なマネを働こうとしたので隙を突き貴女に逆襲されて死んだことにしておいて下さい」
「成る程、あなたはここにいなかった、と」
「はい。パンツに放り込んだ毛虫も拷問用に誰かが用意したものという筋書きで――」
「ッ! 何をしたのかと思ったら、そんなことをしたの?!」
「ええ。抵抗出来ない女性に乱暴する様な輩は許せないタチでして――」
助けたはずの相手から何やら驚きの声を上げられたあげく枷がついて身動きのとれない身体で後退されたが、実りある出会いだったと思う。
(出会って一人目でこれほど優秀なんて――)
これは期待出来そうだ。
「では、これがお仲間の牢と枷のカギです」
「え、一体何時の間に?」
アンデッド化したネズミにとってこさせたなんて言う訳にも行かず僕はただ一言。
「凄腕ですから」
「そういうものなの?」
「おそらくは。ともあれ、僕はこれで」
「世話になったわね」
「いえいえ、ここからが本番でしょう? 影からフォローはしますが、つぎにお会いするのはリアス様の前と言うことになるでしょう」
それまでご武運を、とだけ言い添えて僕は踵を返し、他者から認識されないようになる幻影を纏う。
「さて、次は全力サポートだ。一人も欠けさせない……」
僕が奇跡と称されることになったセナッサ砦攻防戦の様子を人の耳から聞いたのは、凱旋して二日後のこと。
「そうだ、密偵なら名は明かせないでしょうけれど私はあなたを何て呼べばいいか教えてくれない?」
後日、再会した元捕虜の女騎士に恩人だからと名を訊ねられて思いっきり焦ることになるとは、この時の僕は知らなかった。
いっぱいいっぱいだったのだ。
何とか無事捕虜の救出は完了したようです。
戦闘パートが何処か行ってしまいましたが、余裕が出たら外伝とかで補完したいなぁ。
次は戦乙女サイドの予定。