第二十六話「セナッサ砦攻防戦(前編)」
(多分フィーナも知っていたんだろうな)
他者に攻め滅ぼされた城で命を落とした者達をアンデッドとして蘇らせた中に、フィーナは居た。騎士に憧れつつも身分故に騎士にはなれず、侍女として生き戦いの中、命を落としたのであろう少女。
(子供でも知っている伝承と、実際アンデッドとはいえ城の者殆どを蘇らせた僕の存在)
英雄の遺品と考えるには僕の実力は規格外すぎたのだから、フィーナは最初の出会いの時に僕を英雄だと確信していただろう。
(その上、僕は『冥王』と名乗った)
王様と英雄という二枚看板ぶら下げたある意味恩人からお前が欲しい何て言われれば、普通断らない。そもそも、身分制度のあるこの世界で王様の言うことに逆らえる侍女なんて絶滅危惧種より数が少ないんじゃないだろうか。
(断るという考え自体がないとして……自分以外にも城主を含めた同じ城に住む人々の恩人)
しかも、冗談とは思えない顔で自分を欲されたとしたら。
(英雄については、僕も自分が英雄だと知ってると思ってたのかな。それはさておき)
結局は互いの誤解と僕の暴走が全ての原因だったと言うことだろう。
「冥王様、着きました」
僕を回想から現実に引き戻したのは、馬車の御者を務める兵士の声だった。
「うむ、ご苦労」
「いえ、先日の無礼にもかかわらず自分を指名して下さったことありがたく思います」
実はこの兵士、領主の館に入る時制止の声をかけた門兵なのだが、道案内兼馬車の御者として指名したのにも理由がある。
「礼も詫びも不要ぞ。英雄などと漏れれば敵も警戒しよう、極秘裏にことを起こすなら手駒は少なく、事情を知る者は少なきにこしたことはない」
そもそも『冥王』として最初に攻略に向かったこのセナッサ砦は、さっさと落としておきたい理由があったのだ。
(捕虜収容施設、か)
そう、この砦にはリアス派の騎士が多数囚われているらしいのだ。しかも半数以上は女騎士だとか。
「くくく、この『冥王』の目に留まったこと、後悔するがいい」
まるっきり悪役の台詞だが、僕の目的は当然女騎士達。もちろん、不純な動機ではなく戦乙女候補の確保的な意味合いで、だ。
(いや、本来の目的からは外れてるからある意味不純な動機で良いのか……)
ともあれ、囚われていた人間が救出してもすぐに動ける状態であるという保障はない為、今回はリアスに要請して脱会した捕虜を運ぶ為の馬車を用意して貰った訳だ。
(一秒でも早く、一人でも多く救助を。そして、好感度をアップさせて戦乙女に勧誘)
完璧な作戦だと思う。人命がかかってるので今回はいつもより多めに神から授かった力を使うつもりで居るので、多分失敗もない。
(とは言っても、砦全体を幻術に包んで一発で無力化なんてマネはしないけど)
英雄の存在は出来るだけ伏せなければならない。
(悪事がしづらくなるからなぁ。「奴隷商襲撃」とか「悪徳商人の館を謎の強盗団強襲」とか)
資金と人材の確保は急務でもある。戦乱で国が荒れれば、人を掠って奴隷商に売り飛ばそうという輩が出てくるのは想像に難くない――というか、その手の山賊団を僕は既に壊滅させているし、リアス側は一地方領主の館にリアスが匿われるというレベルまで追い込まれているのだ。
(囚われている騎士達が奴隷商に売り飛ばされる可能性だって――)
何にしても時は一刻を争う。
「汝はここで待て」
僕は御者の兵に命じると地を蹴った。
「なっ?! 消えた? ……転移したのか?」
唖然とした兵のかすれた声を背中で聞きながら、僕は木々の間を駆けだした。幻影の力で姿を消したまま。
(転移魔法は参謀殿の管轄だからなぁ)
少しむなしさを感じながら。
囚われた女性を助けるのが、英雄モノの基本?
そう言う訳でリアスに与した『冥王』がようやく動き出します。
『冥王』はとらわれの女騎士達を救うことが出来るのか。
続きます。