第二十一話「おしおき(多分前編)」
(と、フィーナを呼んで貰ったけどどうしようなぁ)
事態をややこしくした責任はあるが、そもそもフィーナがあんなキャラになってしまったのはある意味僕のせいなのだ。
「戦乙女、か」
乙女とはつまり一角獣に乗れたり触れたりする様な女性を指す。
ぶっちゃけ『戦乙女』と言うネーミングは死者の魂を導くと言うイメージから深く考えずにつけてしまったものなのだが、フィーナに戦乙女であり続けて貰うと言うことは、この先も清い交際のみのおつきあいで行こうと言うことでもある。
(そう言えば、昔やってたゲームの知り合いに居たなぁ、結婚して称号変更した人が)
その人がゲームで使っていたキャラクターの称号も最初は戦乙女だったのだが、結婚を機に戦女神と称号を変更したのだ。
彼女が称号を変更した日。
「乙女とは処女と言うことだろう? 私は子供も欲しいし、いつまでも乙女を名乗っては詐欺になる。第一、嘘は好きじゃない」
「いや、間違っちゃいないと言えば間違っちゃいないけど、このタイミングで称号変更って生々しいというか。旦那さん、貴方のせいで弄られまくってますよ?」
などと会話を交わしたのを僕は覚えている。
「あーあ、ついに我らが戦乙女様も他人様のもんか」
「つーか、称号変わってるって事は、あれだろ? あれなんだろ?」
称号変更の理由を察した友人達から冷やかされながらも、彼女の夫であるキャラクターは照れくさそうに笑っていた。
(あの時は僕も恋人欲しいなって思ったんだけどなぁ)
巡り巡ってゲームじゃなくリアルで『戦乙女』の称号に振り回されるとは思わなかった。
(多分、フィーナがプッシュしてくるのも僕が受け止めてあげられないのが原因だろうし)
軽率な発言と誤解から生まれた関係だが、僕はフィーナと出会えたことを後悔していない。
(人一人の人生を歪めてしまった。だから償うとか責任をとるって言うのは失礼なことかもしれない。けど、僕は――今の僕は、それすら出来ないんだ)
今、フィーナに手を出したら。
(ダメだ! ダメだ! 歴史上、女性の色香に溺れて破滅していった英雄や王を僕は何人も知っている)
自分が意志の弱い人間であることも。
(だいたい戦乱を終息させるさせるには僕とフィーナだけじゃ明らかに人手が足りない。これからフィーナの様に僕を補佐してくれる『戦乙女』を新たに加えるかも知れないのに、最初の一人に、しかも殆ど成果も出せてない状態で手を出すなんて――)
卑怯者だと思う。
『戦乙女』という言葉の意味を盾にして、自分の惰弱さを言い訳にして、一人の少女が向ける想いを真っ向から受け止めることを恐れているのかもしれない。
「めい、戦乙女様?」
「っ!」
それからどれほど時間が経ったのか、わからない。モヤモヤしたものを抱えたまま寝ころんでいた僕を我に返らせたのは、扉をノックするフィーナの声だった。
「あ……うん、いいよ。入って」
「あ、ふぁ……は、はい。し、失礼します」
先ほどまでフィーナのことを考えていたこともあってはっきりしない返事になった僕だったが、答えるフィーナの声も平静とは言いがたいものに聞こえる。
おしおきなどと言ったから萎縮しているのかもしれない。
「あ、あの……」
感情の乱れからか犬耳が隠しきれず、何かを訴えるような潤んだ瞳と相まって、僕には叱られて縮こまる子犬の様に見えた。
(僕にこれをどうしろと?)
やりづらいったらない。そもそも、こんな顔をした少女に何かしようものならどう考えても僕が悪者だ。
(うん? なにかしようもの?)
そもそも、何故気づかなかったのだろう。
「あの、戦乙女様。今日は本当にもうしわけなく――ど、どんな処罰でも甘んじて受け入れるつもりです、ですから……その」
(って、ああ! 『おしおき』について具体的に考えてなかったぁぁ!)
フィーナに言い出されるまで、どんなおしおきをするかがが白紙だったことに。
「あ、えーと、ふぃ、フィーナはどんな『おしおき』されたい?」
テンパって居たとは言え、こんな質問をしてしまった僕は色々ダメだったと思う。
後になって思い切り殴ってやりたいと何度も思ったものだ。
(って、まるっきり変態の台詞になってるぅぅぅ!)
僕はフィーナと数回会話するごとに一回は大ポカやらかして黒歴史を作っている気がする。
せめてもの救いは、この場に僕とフィーナしか居ないことだろう。
(いつか、乱世を終わらせることが出来たら――これも笑い話に)
なって欲しかった。せつに、せつなに。
「わ、私のされたいお仕置き? あ、その……あの、えっと」
頬を赤らめないで欲しい、モジモジしないで欲しい、困らないで欲しい、それで居てちょっと期待する様な目で見ないで欲しい。
(助けて……へ、ヘールプ!)
僕はやりきれなさと逃げ出したい気持ちで一杯だった。
なんだかんだでおしおきはまさかの次回持ち越し。
主人公、フィーナの前では馬鹿になるなぁとしみじみ。
続きます