第二十話「夜会話」
(はぁ、疲れた……)
客将の身分で得た部屋に寝ころんで僕は天井を眺めていた。
「とりあえず、あれでしばらくはもつと思うけど」
同行を申し出た村民を預かって貰っている領主には有事になれば僕に命令を下す権利があるわけだが、呼び出されてはこちらの仕事が進まないので戦場になりそうな場所に幻影を設置することで外敵の侵入を防ぐ備えはしておいた。
(しっかし、本当に反則的な力だったんだなぁ)
今、僕の居る世界には魔法がある。だからここに赴いた当初は、大魔術師と言えば山一つ軽々吹っ飛ばす魔術師を想像したし、僕が外敵の侵入を阻む為に設置した|特定の侵入者を迷わせる幻影もせいぜい一時しのぎに使えればいい程度に思っていたのだ。
「冥王殿、それはこちらの人間を買いかぶりすぎじゃの」
そう、笑いながら話してくれた参謀殿によると、僕が思う様な魔法は人間には扱えないのだと言う。
「着弾の爆発に十数人巻き込める火球が放てれば人々はその者を大魔術師と呼ぶ筈じゃからの」
つまり、僕の感覚で中堅レベルの技量があれば既に並ぶ者なしの存在と言うことらしい。
「ワシとて魔導死霊にならねば転移で運べるのは多くて五人、一日に使えるのもだいたい二回が限界だったはずじゃ」
「なるほど」
ちなみに魔術師は基本的に一系統の術を使えるレベルに昇華させるだけでも出来れば上等だそうで、三系統使えた参謀殿は、人間の時でさえチート扱いされていたとのこと。
「癒しの魔法にしても重症を治せる様なモノが使えれば、伝説級。冥王殿が戦場で見せたあれなど神話級の魔法になるじゃろうな」
「え、じゃああれって拙かったですか?」
「いやいや、死に行く者を見捨てておけぬと言うお前さんの行為を責めたり詰ることなどできぬよ。第一、神話級の魔法が行使されたなどと言ってもほら吹き扱いされるのがオチじゃ」
参謀殿はそう言ってくれたものの、やはり早まったかなと思う僕だった。明日をも知れぬ病人や怪我人を身内に持つ人達が、そのほらを一縷の望みに殺到してきたら。
(僕は家族を助けて欲しいという人達をすげなくあしらえるだろうか?)
山賊を皆殺しにしたのも、山賊に囚われていた村人達を「戯れに飼う」と非人道的な名目で保護したのも、他者から『利用される』のを避けるべく、人から恐れられる為なのだが、いくら恐ろしくても瀕死の人間をあっさり助けられる様な人物が居るとしたら――。
(悪逆非道に走るか。とはいえ罪のない人を手にかけるわけにはいかないし)
基本的に僕が『冥王』として行う行動は偽悪的なものに限定されてしまう。
(飢饉で税も払えない村を襲って壊滅させたことにして村人を保護するとか、奴隷商人を襲って奴隷ごと皆殺しにしたことにして奴隷達を保護するとか……って、今人が増えても先立つものが)
ならいっそのこと悪徳商人を襲って金品を奪うのも良いか。
「冥王殿?」
「あ、すみません。ちょっと犯罪計画を」
参謀殿に声をかけられ我に返った僕は苦笑を浮かべつつベッドから起きあがる。
「まあお前さんのことじゃから悪事に見せかけた善行なのじゃろうが」
「そういえば、前に善行を積めるとか言ってましたよね? あれってどういう」
問いを発したのは、以前参謀殿が口にした事を思い出したから。
「うむ、あれか。あれはワシが生前――まだ若く、未熟な魔術師見習いだった頃じゃった」
「ワシは魔術師見習いとしては落ちこぼれでな。適正は複数の系統に跨って存在するという類い希な潜在能力を持っておりながら実力が伸び悩んでおった」
その結果、一人目の師からは見込みなしと放逐され、別系統の師に教えを請うたがこちらも魔法が上手く使える様にならず、絶望しかけていたと参謀殿は語る。
「ワシに適正のあった三つ目の系統が転移魔法じゃったが、これは使える魔術師自体が少なくての。師になる者も居らねば、関連した書物も殆どなかったんじゃ」
そもそも当時の魔術師達は一般の人々から「得体の知れないもの」として恐れられると同時に忌み嫌われていたらしい。
「ワシはその魔術師の見習いでおまけに出来損ないじゃったからな。周囲の目も冷たく、相手にしてくれる者など居らんかったのじゃよ。一人を除いて」
「その一人というのは?」
「オフィーリア。ワシより一つ上の女子でな、若くして神官として神殿に勤め誰からも好かれる少女じゃった」
彼女は魔術師にも偏見が無く、魔法が上手く使えないと落ち込む参謀殿を励まし元気づけてくれる存在だった、とのこと。
「オフィーリアは、ワシの魔術や魔法も使い方によっては人を助けたり幸せに出来る力なんですよと言った」
事実、力は使い方次第で善にも悪にもなるものだ。
「ワシはその言葉に勇気づけられてな。悩んだあげく修行を今までたいした修練をしたこともない転移魔法の系統に絞り、少ない書物を読み解き、独学で転移魔法を編み出すことに成功したのじゃ」
転移魔法に絞ったのは、使える魔法の系統の中でもっとも可能性を秘めていたからじゃと参謀殿は言った。
「転移魔法の使える様になったワシは、一刻を争う状況の病人や怪我人を医者の元まで運び、逆に病人や怪我人の元に薬を届けた」
オフィーリアの言う様に人を助け始めると参謀殿を見る周囲の人々の態度が一変したという。
「まるで掌を返したようにな。じゃが、ワシはワシじゃ。まぁ、オフィーリアが居なければどうなっておったかわからぬがの」
オフィーリアはワシに編み出した魔法の危険性を説き、ワシが天狗になりそうになった時は叱って諭した――参謀殿がオフィーリアのことを語る顔は何処か誇らしげで、嬉しそうで、そして少しだけ寂しそうに僕には見えた。
「オフィーリアはワシにとってかけがえのない人じゃった」
そして、参謀殿が大魔術師と呼ばれる様になって数年後のことへと話は移り。
「ワシはオフィーリアに言ったんじゃよ。神官をやめてワシと一緒になってくれんかと」
ここで何らかの反応をするのは無粋だと思った僕は、黙って参謀殿の話に耳を傾けていた。
「オフィーリアは一つの条件を出した『自分がこの先神様にお仕えて施したであろう善行を代わりにしてくれるのなら』とな」
「なるほど、それで参謀殿は今も善行を――」
「そう言う事じゃ。じゃが、人の一生は短い。ワシはオフィーリアの分だけでなくワシをオフィーリアに引き合わせてくれた感謝分も上乗せして神様に返そうと」
「魔導死霊になって死しても善行を施す方法を模索したんですか」
「左様」
何と言っていいのかわからないが、余程オフィーリアさんを大切に思っていたのだろう。
「ひょっとして、だから僕に協力してくれてるんですか?」
「それもあるが、約束は約束。お前さんに協力すれば善行を積まなくても良いという訳にはいかんしの」
よくよく考えて見えれば、感謝する相手が神なら僕に乱世を収める様依頼した神々の中に該当する神が居た可能性は高い。と言うか、参謀殿もアンデッド作成の解説よろしく神々の世界で魔導死霊として蘇らせた筈。ひょっとしたらこの世界に旅立つ姿を見ていたかも知れないのだ。
(ここで僕がオラクル使って中継代しつつ参謀殿と会話させてあげるって言うのは無粋かなぁ)
それどころか、おそらく亡くなっているであろうオフィーリアさんを生き返らせるなり転生させるなりして連れてくることも、授けられた力を使えば不可能ではないと思う。
(こういう時、反則的な力があると困りものだ)
つい考えが傲慢になる。ここまで打ち明けてくれたのだ、本当に再会を望むなら参謀殿は僕に頼むだろう。だいたい、心残りがありそうな死者ならともかく、安らかに眠っている者の眠りを妨げるほど僕は無粋では無いつもりなのだから。
「すみません、プライベートなこと聞いたりして」
「構わぬよ。今のワシがあるのは冥王殿のおかげじゃからな」
参謀殿に謝った僕は恐縮しつつも一つ頼み事をする。
「それで、出来たらフィーナを呼んできて貰えますか?」
おしおきは、忘れぬうちに、だ。
今明かされる参謀殿の過去。
そして、フィーナを待つのはいったいどんな「おしおき」なのか。
ぶっちゃけ作者、まだどんなおしおきにするか決めてないです。
おしおき考えつつ、続きます。