第十七話「防衛の後に」
「はぁ、はぁ……」
回復魔法をかけながら走って来たからだろう、呼吸は乱れていたがこんなには知ったのは久しぶりだというのに脇腹が痛くなっていない。
(この様子だと、無事ではあったんだろうなぁ)
村は平和そのものだった――と言うと語弊があるものの、ゴブリンの襲撃は受けていない様だった。憔悴した顔、城塞の方に向けた視線に宿るおびえの色の双方が山賊達への憤りを再燃させる。
(子供と女性の姿が殆どない……あ)
おそらく、山賊に掠われたのか逆に掠われない様隠しているのだろう。そう、よくよく考えてみればここは山賊に被害を受けている村なのだ。
(普通この状況で幼い子供を一人、薪拾いに行かせはしないよなぁ)
にもかかわらずゴブリンを子供と勘違いし、姿を現してしまったのは完全な僕のミスだ。
(ああぁぁ……やらなくてもいい様なポカミスを)
自身のぽかに思わず頭を抱えたくなりなるけれど、ここでただ凹んでいるわけにも行かない。
(とにかく村人にゴブリンの事は伝えておかないと)
林のゴブリンの何割かはアンデッド化した仲間に駆逐されてる真っ最中だろうが、この辺りについては一応僕なりにシナリオを考えている。
「大変です、向こうの林で醜い猿のような顔の化け物と柄の悪そうな男達が」
殺し合いをしている、と旅装束を身に纏った少女が村長の家に飛び込んで来て、ゴブリンが近くに居ることと山賊が近くにいることを伝え。
「なんじゃと?! 娘さん、詳しい話を――」
驚く村長に作り話を交えて少女は説明する。説明を聞き終え、暫く警戒して林に近寄らなかった村人達だったが、一人の村人が林に入っていって見ると、そこには全滅した山賊とゴブリン達が。
「村長ぉ、大変だ。林の様子を見てきたんだけども」
「こら、あれほど危険だから近寄るなと言っておいたじゃろうが!」
「けどよぉ、あの娘の言うとおり――」
双方が殺し合って最終的に共倒れになったのだろうと推測した村人が村長に報告し、それから暫くすると山賊は姿を見せなくなりました。
(問題はここからどうするかだけど)
この村が自治しているのか何処かの領主に支配されているのかでも話しは違ってくるのだが、あの城塞を『冥王』として拠点にするなら周囲の村々との接触は避けては通れぬ道となる。
(そもそもこの辺の領主とかが出てきて、「あの城塞も自分の持ち物だ」とか主張されたら)
周辺の村を荒らす山賊を放置しておいてたくせに山賊が片づいたとたん出てきて、城塞を明け渡せなどと図々しい物言いをする。
(普通に考えれば山賊を撃退したと言うことは、山賊より強い存在だということだから山賊に手も足も出なかった人間が高圧的に出てくる事なんて……)
ないとは思いたいが、僕が生まれてからこの世界に来るまで過ごしていた場所でもエキセントリックというか、明らかに頭の作りがおかしい人は存在したのだ。
(それならそれで売られた喧嘩を買ってしまうのも手かなぁ)
返り討ちにして逆にその領主のもつ土地を奪い、支配下に置く。そして、今まで山賊に苦しめられてきた村民を保護する、これがプランA。
(領主が居なければ、これから守ってあげる代わりに領民になって貰うとか)
プランAに近いこれがプランB。どちらにしても拠点にするなら周囲の地盤固めは確実にしておく必要がある。
(どっちの形でも『冥王』は領土と領民を手に入れることが出来る。ただし、プラン通りの状況ならだけど)
もし、領主はいるがまともな領主で山賊を放置していたのが討伐できる兵力を有していないなど仕方のない理由であったなら。
(普通に感謝されて「城塞はあげるけど村は駄目だよーん」とか言われるパターンが一番厄介だよな)
僕の性格的にもこの対応で来られたら引き下がるしかない。悪人以外にこちらから喧嘩をふっかけて全てを奪い去るというのは流儀に反するのだ。
(そう言えば何処かの英雄も城主の座を譲られたとき断って後で苦労したっけ)
何故だろう、ことごとく何処かの国の古い英雄を主役にした演義ものが時折頭を過ぎるのは。
(まぁ、後は出たとこ勝負で良いか。最初から全てが上手くいくはずないんだし)
こういう時こそポジティブに考え動くべきだろう。
(……て、急に村の中に少女が現れたら変だよな)
とりあえず目についた民家に飛び込もうとしてようやく一つの問題があることに気づいた僕は慌てて来た道を引き返し。
(急がないと、テイク2っ!)
村の入り口から少女の幻影を纏った姿を現した僕は全速力で駆け出した。
「た、大変です! 大変です!」
注目を集めるべく大変を連呼しながら目を見張る村人を捕まえると、村長の家がどこにあるかを聞き。
「大変です、向こうの林で醜い猿のような顔の化け物と柄の悪そうな男達が」
駆け込むが早いか、作戦を実行に移した。
「むぅ、それは災難じゃったの」
「全くですよ」
参謀殿から村の防衛に成功したという話を聞き、偵察用に放った虫のアンデッドによって林にいたゴブリンの全滅を知った僕は、もう一仕事済ませて参謀殿と落ち合っていた。
「とりあえず林の方は何とかなったんですが」
林の山賊とゴブリンを全て死体に戻し、偽装工作も済ませてある。
「村を支配下に置く領主が居るのじゃろ?」
「ええ」
山賊の代わりに誰かが城塞に住み着いていると言うことは、巧妙に隠しでもしなければやがてバレるだろう。
「話のわからない御仁だと良いのですが」
「まぁ、中途半端な報酬で手を引けと言われるよりはお前さんにしてみれば処置がしやすいか」
僕が悪党になりきれないキャラであることは、もう参謀殿には見抜かれているようだった。
「そう言うわけで、あさってにでも接触を図ってみようかと」
「あさって?」
「最初に戦乙女として面談して人となりを探ってみます。僕のところはゴブリンが居て駄目でしたが、フィーナ達のところは『戦乙女』の活動として村を守ってくれましたから」
フィーナ達が倒した山賊を手みやげにすれば門前払いをくらうこともないと思う。門前払いするような人物であれば次の日プランAを実行に移すことになるだけだ。
「じゃ、フィーナ達と合流しましょう。よろしくお願いします」
「心得た」
僕の要請に応え、参謀殿が行使した魔法によって周囲の景色が一変する。
「め、戦乙女様ぁ!」
こちらの姿を認め、駆けてくるフィーナの姿を視界に収めながら僕は微笑んだ。
「ただいま」
派手なアクションもなくあっさりゴブリンが片づいたと思ったのもつかの間。
『冥王』の拠点作りを阻む――かもしれない領主の存在が明らかに。
行き詰まる交渉戦か、それとも馬鹿領主を力押しで打ち倒す事になるのか。
そう言う訳で、続きます。