第十六話「過去のお話」
「キィィー」
悲鳴を上げたゴブリンが慣性の法則に従って吹っ飛んだ直後。
「冥王くん、こんな時間にごめんね」
まるで夜遅く電話をかけてきた同級生の様な一言を僕は知覚していた。
(いえ、いつもお世話になってます)
状況と台詞のギャップに微妙に脱力しつつも、頭の中に響く声には聞き覚えがあった。直に面通ししたのは一度きりだが、忘れるはずもない。
「は、はじめまして。あなたに授けられた力の一つを司る――」
漆黒の髪を持ち、まだどことなく幼さを残した顔の少女。外見年齢は中学生か高校生ぐらいだろうその少女は、闇の神だと名乗った。
(それで、どういった御用でしょうか?)
フィーナの兼といい、負傷者の治療といい、神の啓示で語りかけてきた女神を始め、なんだかんだ言って神々の授けてくれた力には世話になりっぱなしなのだ。自然と言葉も敬語になる。
(内心、『冥王くん』って呼び方も微妙だとは思うけど)
(あ、ごめんね。冥王く……あなたには寵愛を与えさせて貰ってるけど、名前で呼んでいいかまだ聞いてないし……)
神々の世界で視線を逸らして頬を染めつつモジモジしているのが目に見えるかの様だった。そう、神の啓示で交信時、僕の思考は向こうに筒抜けになる。
(あ、いえいえ。こちらこそすみません。僕は――)
故に、迂闊なことは考えられないし。考えてしまった場合、フォローするのも一苦労だ。
(あ、ううん。気にしてないなら良いの)
先方も腰が低いというか神々の願いを僕が叶える為に行動しているというのが根底にあるからか、実際顔を合わせた場合も神の啓示の場合も互いに恐縮してつきあい始めた恋人同士の様な初々しいというかじれったい展開になるのがデフォのようなのだが。
(恋人同士? ……嫌いなら寵愛なんて授けないし、あなたがそう望むな)
(ちょ、ストップ! すとーっぷ! 比喩表現ですから。僕にはフィーナが居ますし)
何故僕はこうたびたび墓穴を掘ってしまうのだろうか。筒抜けだと言った矢先であるというのに。
(それより、わざわざご連絡頂いたからには訳があるのでしょう?)
(あ、うん。ゴブリンが出てきたことに驚いてたみたいだから、ちょっと説明をね)
闇の女神様が説明されるに、今から随分昔――神々から力を与えられた、僕の先輩にあたる青年が、世界を平和にする前段階として授かった力を行使したらしい。
「外敵がいれば人々は内輪の争いなどしては居られない筈だ」
と言う考えのもと、生物を作り出す『生』の力で彼は何種かの亜人種を作り出し、人間に戦いを挑んだ。
(後に、人々は彼のことを『魔王』と呼んだの)
『魔王』が作り出したのは、人間に敵対的だが知能の高い『魔族』、知能は高いが中立的な立場の『妖精族』、知能が低く人間に敵対的な『鬼族』の大きく分けて三種。
(この分類からするとゴブリンは『鬼族』ですね)
(うん。魔王と人間の戦いは最終的に人間側の勝利で終わり、彼の狙い通り人間達もしばらくは争うことがなかったんだけど)
平和は長続きしなかったという。『魔族』が戦いの後人間の住まぬ大陸に渡って姿を消したことも理由の一つだったと言うことらしいが。
(なるほどなぁ。と、言うことはこの世界には妖精族もまだいるのかな?)
(うん、あなたの感覚だと『妖精族』は異民族みたいな扱いをこの世界の人間からは受けているかな)
異民族という言葉が、昨日思い浮かべた何処かの国の古い英雄像と相まって妙な光景が頭に浮かぶ。
(ドワーフの王を七度捕らえて、七度放して心服させるとか、何処かの国の歴史をなぞる様なことにならないと良いけれど)
それをやってしまうと戦乙女勢力は最終的に滅亡してしまう。
「ウキャーッ!」
「流石にそれは拙……って、考え事してるんだから邪魔すんなっ!」
いつの間にか起きあがって怒りの咆吼をあげたゴブリンへ僕が反射的に攻撃魔法をぶっ放してしまったのは、仕方がないことだと思う。確かに、何かに蹴り飛ばされ周囲を見回しても姿がなければ、加害者に復讐できずいきりたつ気持ちもわからないではないが。
「ギギャァァッ」
|対象に気の塊を撃ち込む暗黒神聖魔法は、ゴブリンの胸部に命中し肋骨を粉砕。胸を陥没させながら断末魔をあげて倒れ込んだゴブリンを待つ運命は、アンデッドとして自らの仲間を狩る作業。
(っと、そうだった。村っ!)
同族を殺す様に指示したゴブリンゾンビがやって来た方向に引き返して行く姿には目もくれず、僕は透明のまま村に急いだ。
ちょっと短いですが、今回は闇の神様初登場。
ついでにちょっとだけ世界設定のお話になっています。
説明にあるとおり、中立だった『妖精族』は健在のため、そのうちエルフとかドワーフといったファンタジーにおなじみの種族も出てくるかも知れません。
多分次で村防衛戦は終了の予定。
続きます。