第十二話「屍達の中で」
「おがあ゛ちゃーん」
「ひ、ひいっ……寄るなぁ」
「お頭、お頭ぁ!」
混乱し恐怖から逃げまどう山賊達の悲鳴があちこちから響いてくる。ひょっとしたらアンデッドを見たのも初めてなのか、思った以上の取り乱し様だった。
(まぁ、自分の殺した相手の死体が動き出して襲ってきたら、怖いなんてモンじゃないだろうけど)
僕はこの混乱に乗じて城塞内を歩き回っていた。目指すは地下だ。
(中庭にはなかったし、城塞の外にもなかったから――)
探しているのは墓地。目的は、まぁお察しの通りとでも言うんだろうか。
(戦闘で人が亡くなることも多かったろうし、外部に捨てるとか野ざらしにするしかなかった可能性もあるけれど)
名のある将や城主の墓ぐらいはあるのではないかと踏んだのだ。
(埋葬品や首目当てに荒らされてたとしても、地下牢とかもあるかもしれないし)
無駄にならないと信じたい。
「に、しても……」
ずるずると足を引きずりながら僕の数メートル後ろを歩くのは、山賊のアンデッドが数体。
(心臓に悪いよなぁ、味方だとわかっていても)
近くにいれば細かい指示を出せるし、中でバリケードを築かれるなど進むのに人手が必要になることを考えて連れてきたのだが、はっきり言って怖い。
(気にしちゃ駄目だ。とにかく今は先に進もう)
うめき声とも唸り声ともわからないものを時折洩らす動く屍をなるべく見ない様にしながら、僕はたまたま見つけた階段を下り始めた。
「誰か、助けて」
「やかましい! 逆らうんじゃねぇっ!」
(っ、ビンゴか!)
女性の悲鳴と怒鳴り散らす男の声が聞こえたのは、階段の下。駆け下りても足音を幻影が無効化してくれるというのは実にありがたい。
「そこで待て」
ただし、ゾンビ達がついてきてはせっかくの透明化もあまり意味がなくなってしまうだろう。階上で待機する様アンデッド達に命じ、僕は罠に気をつけつつも階下へと急いだ。
「もうここはおしまいだ、化け物が襲って来やがった……」
階段を下りる間もわめき散らす男の声は、男の目的を雄弁に語っていて。
「さっさと逃げねぇと危ねぇんだよ! てめぇらだって死ぬよりか奴隷の方がマシだろうが」
(なるほど。仲間を見捨てて掠った人達を連れて逃亡、虜囚を奴隷商人にでも売って再起を図るって辺りかな)
僕はこの状況をチャンスと判断した。
(さて、上手くいけば複数の人を救出できる)
「それとも、逆らってそこの奴みてぇに死ぬかぁ?」
(っ)
歯がみしたのは一瞬だけ、救えたかも知れない相手を救えなかったことを悔やみながら階段を下りきった僕は見た。階下に広がっていた光景を。
(予想通り、地下牢があったのか)
鉄格子がはめられた頑強そうな作りの石牢が左右に二つずつ。内一つは格子脇の扉が開けられていて、扉の側で少女の手を掴み引きずり出そうとしている男が一人。奥側の牢には囚われていたのであろう人々の姿。
(あの男が言っていたのは、多分――)
周囲の撫でる僕の視線が次に向いたのは、手前の牢に枷をはめられてぶら下がる男の骸。旅行者らしい身なりの衣服はボロボロになり既に事切れているようだったが、つい先ほど死んだという訳ではなさそうだった。
(牢に入れっぱなしなのは、囚われている人達への見せしめかな)
ともあれ、これでだいたいの状況は把握した。
(じゃ、一芝居打ってみるか)
僕は一端物陰に身を潜めると、透明化を解きゴミ捨て場から拾ってきた『奥の手』入りの壺を蓋の開いた状態で放置し、男達の前に歩み出た。
「仲間を見捨て逃げるとは、実に薄汚い性根よ」
「な、なんだてめぇは!」
見慣れぬ人物の乱入――僕の姿に警戒しつつ山刀を鞘から引き抜いた男が誰何の声を上げるが、質問には無視を決め込み一つだけ端的に要求する。
「その手を離せ」
第一の目標は、僕が囚われた人々を救いに来たものだと錯覚させること。実際助けには来たのだが、目の前の男には少々して欲しいことがあった。
「ふ、ふざけやがって! あぁん、正義面してこいつ等を助けに来たってか?」
(よし、ここまでは想定通り)
否定するでもなく肯定するでもなく、黙ったまま僕は一歩足を前に踏み出す。
「おっと、それ以上動くなよ?」
「きゃぁっ」
警告を発し、少女を引き寄せた男が山刀を少女に突きつけるところまでも予想通りの行動だ。
「へへっ、そうだ。てめぇは、そのまま立ち止まってろ。こっち来んじゃねえぞ」
「良かろう、我はここに立ち止まろう」
僕の宣言に男が笑みを浮かべたのは、人質を取れば何も出来ないと確信したのだろう。
「我はな」
もっとも、男は気づかなかったらしい。見せつけに放置されていた男が偽りの命を与えられ動き出す機会を狙っていたことに。
「うおおおおっ!」
「なっ」
枷がはじけ飛び、少し錆の浮いた格子を雨細工の様に曲げた生ける屍は僕の横に立つと人質を取った男に刺す様な視線向けた。
「名乗り遅れていたな、我は『冥王』。生と死の道理をねじ曲げ、死者を使役する者」
「んだと? じゃ、あの化け物はてめぇが……」
ここに来て、死者達が襲撃の理由に男はようやく気づいたらしい。
「いかにも。さて、見ての通り、我が僕と化した死者は常人ではあり得ぬ力を発揮する。本来人間が己を壊さぬ様抑えている力を限界まで引き出すことが出来る訳だ。もっとも、そんな使い方をすればすぐに壊れるがな」
「そ、それがどうしたってんだ? こっちには人質が」
生ける屍の剛力に怯えつつも男僕が何を言いたいかも気づかず、山刀を突きつけた少女を前に押し出して威嚇する。
「やれやれ、一から十まで説明せねばならぬとは、馬鹿は困る」
嘆くふりをしつつ僕は天井を一瞥すると、山賊の男に説明をしてやった。
「汝がその女を殺せば、次の瞬間我が僕と化した女によって汝は殺されると言うことだ。この新しき僕は男だが、力がどれほど増すかは見たであろうに」
しかも僕の横に立つ生ける屍は一息で男に飛びかかれる位置へ既に立っている。
「女がし損じてもこの僕が居る。人の身で僕二人を相手にできるなら別だが……だから、親切心を持って忠告してやったのだ」
男が人質を取った時点で新しく作った僕はまだ牢の中、少女をこちらに突き飛ばして逃げれば僕が何らかの力を持っていても少女の身体が盾になり、生ける屍が襲いかかれる範囲に男のみが置かれることもなかったのだ。
「じゃ、じゃあてめぇはこの女の命が惜しかった訳じゃ……」
「その問いに、我は答えたか?」
思い切り邪悪な笑みをつくって、僕は言ってやる。
「畜生っ!」
「きゃあっ!」
(上出来だ)
僕の説明が微かに頭にあったのだろう。脅威は二人より一人の方がいい、少女を盾にすれば助かる確率が高くなると吹き込まれた男は、少女をこちらに突き飛ばして走り出し。
(ゆけ)
僕は声を出さず『奥の手』に指示を出す。それは、死した虫のアンデッドで自立する発信器の様なもの。体内で毒を精製することができる為、殺傷能力も持ち合わせている。
(参謀殿、今から逃げ出すであろう山賊の一人は敢えて逃がしてください。城塞内のアンデッドには僕から指令を伝達させますから。問題の山賊の容姿は――)
「っ痛……」
声に出さず外の参謀殿に伝言を送ると、僕は身を起こそうとする少女に近づいた。
(これで上手くいけば今後は『冥王』相手に人質をとる輩も減るだろう。問題は、こっちだけど)
「あ……ひっ、た助け……」
僕からすれば策の為のお芝居だったのだけれど、少女からすれば見殺しにする様な言動をとった上死体を操り、自分が死んだら僕にするとまで言った相手なのだ。怯えられても仕方ない。まぁ、『冥王』は成り行きで人々から畏怖されるキャラに固まりつつある事を考えると、勘違いさせたままでも良いかもしれないが。
(いや、勘違いして貰うか。この人達がどんな扱いを受けていたかはわからないけど、「死んでも下僕としてこき使われる」なんて錯覚してくれれば自害は防げるだろうし)
ぶっちゃけ、死ぬより辛い目にあったことなどない僕がおこがましいかも知れないとは思ったけれど。
(「生きていれば良いことがある」なんて言う資格はないかも知れないけれど)
生きていて欲しい、と心で思いつつ。
「立て、女」
口から出したのは出来るだけ冷酷っぽさを演出した声。
「下僕が死者のみではつまらん。身の回りを世話する者も探していたところだからな。戯れに飼ってやろう」
僕としては村に返すか保護すべきか迷っていたのだが、城塞はまだ完全に制圧したわけでなく、こうでも言わないと冷酷非道な『冥王』がこの人々を生かしておく理由が説明できない。
「汝等はここの生者を守れ」
山賊ゾンビとリビングデッドに僕は指示を出すと罠除けのアンデッドを前に出しつつ、透明化を施し直して階段を上り始める。階下の人達には完全に誤解されただろうが、地下牢にいた虜囚は出来る限り救うことが出来たのだ。
(あとは厨房と頭の部屋とかかな、捕虜が居るなら)
「ひぇぇぇ、おた、お助け」
ひっきりなしに聞こえた山賊の悲鳴も時折ぽつぽつ聞こえるだけになってきたと言うことは、アンデッド達が頑張っているのだろう。
(これだけ悪行を重ねていたなら首に賞金とかかかっていても良さそうだよなぁ)
上手くいけば資金も手に入り、本格的な拠点が出来る。
(とりあえず、厨房経由で頭の部屋か)
時折すれ違うゾンビをあまり見ない様にしながら、僕は目についた扉を開ける様に罠除けアンデッドに指示を出した。
城塞攻略、次はいよいよ「vs山賊の頭」の予定です。
まぁ、ゾンビの物量で力押しできそうな気もしますけどね。
『冥王』は無事城塞を手中に収められるのか。
続きます。