いかにしてその王女は、騎士と結婚するに至ったか
メイリアは齢十六を迎えたばかりの、可憐な乙女である。チャームポイントは母譲りのねじ曲がった巨大な角と鋭い牙だ。
母はこの国の女王、そして父は宰相。永く国を治め、民から慕われている二人の間に生まれた王女であるメイリアは、この国のすべてから愛されていた。おかげで彼女はかなりの我儘娘に育っていたが、誰も彼女を咎めはしない。
「メイリア様? 難しいお顔をなさって、どうかされたのですか?」
それはこの、夕焼け空の瞳をした優男も例外ではない。
白目のない、宝石のように輝く四つの瞳がメイリアを見下ろしている。彼の名はルデウス。年は百を少し超えたところだ。
ルデウスの父親は辺境伯で、母親はメイリアの遠縁の女性。メイリアから見ると、いとこの娘に当たる女性だ。とうに故人なので、メイリアは直接彼女と会ったことはないが。
両親ともに女王と宰相からの信頼が厚くて目をかけられていて、本人も優れた剣と魔術の才がある。そのためルデウスは、王家の護衛騎士に抜擢されていた。
……本当は、メイリアの兄の護衛騎士だったのだけど。どうしてもルデウスを側近に欲しいと、メイリアが駄々をこねたのだ。兄はメイリアにとことん甘いので、快く譲ってくれた。
「わたくし様に人間との縁談が来たのは知っていまして?」
悪魔の女王が統べる、魔族のための国。メイリアはその国の、唯一の王女である。
「……ええ、もちろんでございます」
ルデウスはほんの一瞬、苦々しい顔をした。惚れている相手に他の男が粉をかけて、喜ぶものはいないだろう。
「知っての通り、わたくし様のお父様はもともと普通の人間でして。……おまえのお母様も人間だったのでしょう?」
「はい。宰相閣下には大変世話になったと、生前の母はよく申していましたよ。俺も閣下には随分可愛がっていただいています」
大昔、この国は普通の人間の国だった。けれどとある人間の青年が革命を起こし、悪魔の少女を女王に据えた魔族の国へと作り替えた。それが若かりし日のメイリアの両親である。
そして世界では、この国を中心にして魔族対人間の争いが勃発。繰り返される戦乱のさなかで、運命的な出会いをした魔族の青年と人間の少女がルデウスの両親だ。
もともとメイリアの母もルデウスの母も、系譜を辿ればこの国の王家の血を引いていて……というややこしい血縁関係はあるが、ルデウス側はたいして気にせず親子二代で現王朝への忠誠を誓っている。
「人間の国のいくつかが、和平の証としてメイリア様と自国の王子の結婚を望んでいるんでしょう? 女王陛下と宰相閣下や、俺の両親の例を引き合いに出しているとか」
かつての戦乱で、魔族はその圧倒的な力でもって人間を蹂躙しつくした。
だが、魔族は強大な力を持つ代わりに弱点も多い。昼間の光や神によって引き起こされる聖なる奇跡、あるいは純粋な金属などだ。
そしてなにより、知能の低い者が多い。魔族というのは、力こそ正義の脳筋種族なのだ。
そのため、世界のすべてを支配する、というのは物理的に不可能であり──何より、悪魔の女王をはじめとする多くの魔族が、恐怖と暴力による世界征服に飽きてしまった。
いびつながらも人間と交流を持とうとする魔族や、人間の国を引っ搔き回して遊ぼうとする魔族が徐々に現れ出したことで、魔族側からの単純な侵略戦争は終わりを迎える。人間側が魔族討伐のために自称勇者の軍隊を送り込むことがあるぐらいで、それもすぐに蹴散らされた。
積み重なる犠牲の果てに、やがて人間は魔族を討つことを諦めた。終戦の証にと各国の首脳陣、特に自称勇者を積極的に送り込んでいた国の重鎮達の首が魔族の国に届けられたのが、今から百年ほど前の出来事である。
この事実上の降伏宣言を魔族が受け入れたため、両種族の戦争は終結。魔族の国は正式な国家として世界に認められ、『魔王を討ち滅ぼす勇者』という幻想は永遠に幻想のままになった。
魔族は人間社会を模倣し、ごっこ遊びで貿易や畜産をする。貨幣経済は成立せず、力あるものが弱きものを守り、それと同時に搾取する。それが魔族の国の在り方だ。
魔族には魔族なりの群れの掟があるが、霊長を名乗れるほどの社会性がなく、人間社会の政治も理解できない。魔族の国の運営と外交は、人間の宰相と、彼が育てた部下達が担っている。この脆弱さが、人間の付け入る隙になっていた。だから人間達は、この恐るべき隣人達と共存し、できればどうにか利用したいと考えている。
薄氷の上で成り立つ平和。それが、この百年ほどの世界の情勢だ。
人間で遊ぶのに飽きて、自国に引っ込んだ魔族も多い。わざわざ国を出て人間と積極的に関わろうとする魔族は、大なり小なり人間に好意的な感情を持つものか、祖国で身を立てるほどの力がなくて人間の国に流れ着いた弱いものが中心になった。
魔族の侵攻は、もはや歴史の話になっている。若い人間の中には、魔族が脅威だった時代を知らないが故に横柄に構える者もいるだろう。そんな人間の増長すらも、魔族にとっては児戯に等しいが。
大抵の魔族にとって、人間は奴隷あるいは喋る家畜程度の存在に過ぎない。
けれどたまに、自身の眷属として認めるほど特別な人間と出会うことがある。それは利用価値を見出したからだったり、あるいは好意的な感情によるものだったりと、理由は様々だ。
魔族に見初められたその特別な人間は、ルデウスの母親や宰相のように、魔族の国での身分と権力、そして身の安全を保証されて幸福に生きることができる。それがその人間にとっていいことか悪いことかは別として、だが。
魔族の国の王女メイリアに届いた縁談は、各国の様々な思惑によって練られた政略によるものだ。
メイリアが相手の男を眷属にするほど気に入るようなことがあれば、その男の祖国にとって何かしらの利益をもたらすだろう。もし魔族への嫌悪がいまだに残る国ならば、ともすれば魔族制圧の足掛かりにする気なのかもしれない。
けれど。
元来魔族とは、考えるより先に行動する存在で、理性よりも欲望を優先する種族であり。
人間がこねくりまわす策略など、魔族達は人間からしてみたら非常に愚かしい理由で飛び越えてしまうのだ。
そんな魔族の奔放な気質は、半分人間の血が混じっていようと─あるいは混血だからこそ─変わりはしなかった。
「わたくし様、結婚するならおまえがいいのでして。いいえ、おまえでなくては嫌でして」
メイリアの上目遣いに、ルデウスは少し困ったような微笑を浮かべた。
「俺もメイリア様のことは好きですけどね」
「じゃあいいでしょう! 結婚しましょう!」
抱きつくメイリア。可憐にして苛烈な姫君をなるべく刺激しないよう、ルデウスは優しくその頭を撫でる。
「メイリア様。何度もお伝えしていますが、俺とメイリア様が結婚しても、この国にとっていいことは何もないんですよ」
ルデウスは、魔族の中では多少頭が回るほうだ。そして、人と魔族が手を取り合って共存できる社会を望む──穏健派と呼ばれる魔族でもあった。
魔族は人間の持つ感情や精気を糧とし、嗜好品としてその肉を食う。だからこそこの国では人間を家畜として飼っているが、それはそれとして衣食住にまつわる品々や娯楽は必要だ。魔族にそういった生産力はほとんどない。
それを生み出す人間社会をそっくりそのまま管理するには魔族では手に余ることを、ルデウスは理解していた。魔族が今の好き放題できる環境を維持するには、人間の社会が必要なのだ。
(好きな人が他の男と結婚するのは、俺だって嫌だけど)
魔族に対して友好的な人間の国はそのまま存続していてほしいし、できれば営みの輪に加えてほしい。
だから、社会性のない魔族の国が世界に受け入れられ続けるために、魔族の姫と人間の男が結婚するのは、合理的かつ正しい判断であるはずなのだ。
(偉い人間は、国や家のために結婚するものらしいし)
ルデウスの家には、人間の国から取り寄せた本や品物がいくつもある。妻を溺愛するルデウスの父親が、ルデウスの母親のために集めたものだ。
彼女の故郷に似せて作ったという、人間達を多く住まわせた牧歌的な農村もあった。人間を食べない妻に合わせて、領地内では人肉食を規制する徹底ぶりだ。魔族の国の中では、比較的人間の文化に染まった地域だと言えるだろう。そんな環境で育ったからこそ、ルデウスが穏健派になるのは当然の流れだった。
「それに、魔族は長命のものが多いですが、たぶんメイリア様はその中でも、うんと長生きすると思うんです。なにせ女王陛下の直系の御子ですからね。永い生涯なのですから、ペットを飼ってみる感覚でいっとき人間と結婚してみてもいいのでは? お気に召したら、その人間の寿命を伸ばすこともできますし」
なお、倫理観まで人間と同じになるとは限らない。しょせん魔族は魔族なので。
「結婚とは、それほど簡単にするものでして? 人間の本には、もっと夢があって幸せなものだと書かれていまして」
メイリアは、お付きのメイドに取り寄せさせた人間の恋愛小説を思い出した。そこにはそんなことは書かれていなかった気がする。
「いいのではないですか? 短い人生の間に伴侶を変える人間も多いみたいですよ」
そもそも魔族に、結婚という文化はない。基本は、肉体的に相性のいい男と女が番って子をなすだけだ。
愛し合うものをひとり決めてそのものと生涯連れ添い、お互いの関係に名をつけて永遠の証を作るというのは、人間の文化を面白がって取り入れたお遊びのようなものだった。その遊びにどこまで本気で取り組むかはその魔族による。メイリアの母である女王やルデウスの父である辺境伯は一人の伴侶に夢中だが、魔族によっては伴侶をとっかえひっかえしてみたり、あるいは一度に多くの伴侶を囲ってみたりするものもいた。
「そんなの嫌でして! わたくし様は、わたくし様を最優先してくれるものを夫にしたいのでして! わたくし様も、伴侶のことは一番大切にしてあげまして!」
むくれるメイリア。どうやら彼女は、本気で結婚ごっこに取り組みたいようだ。他に伴侶を作らずにずっと仲のいい両親を見て育ったからだろう。ルデウスも気持ちはわかる。
「お母様もお父様も、結婚をしてみたいならわたくし様の好きな相手としていいとおっしゃっていまして。つまりルデウス、おまえでしてよ」
「お言葉は大変光栄なのですが……」
正直揺らぐ。惚れた相手にここまで言われて承諾できないなんて情けなさすぎるぐらいだ。
(でも、この国の未来のためにも私情は抑えるべきだ。俺がしっかりしないと……!)
顔を覗かせる欲望をなけなしの理性で押し殺すべく、ルデウスは深呼吸してメイリアから離れた。そしてダッシュで部屋の壁に向かい、無言で頭を何度もぶつける。額にちょっと血がにじんだ。
「よし。冷静になりました。話の続きをしましょう。俺ではメイリア様に釣り合いません。どうかメイリア様におかれましては、国のため、御身のためになるお相手と結ばれてはくれませんか?」
「人間に、このわたくし様と釣り合うものがいるとでも?」
ルデウスの奇行はいつものことなのでメイリアも慣れている。メイリアは平然と話を続けた。お気に入りの、黒いレースのハンカチを貸してあげる余裕さえあるぐらいだ。
「そこまで言うなら試してみまして。本当にわたくし様の伴侶にふさわしい男がいるかどうか」
メイリアの深紅の瞳が挑発的に細められる。
「ただしひとりもいないのならば、その時こそおまえも覚悟を決めなさい。よろしくて?」
* ─白き帆を上げる港湾の国─ *
その日メイリアはルデウスと共に国を出て、人間の国の舞踏会に参加した。ここはメイリアに縁談を持ってきた国の一つで、相手はこの国の王太子だ。
人間の血を引くメイリアとルデウスは、昼間の光をさほど苦にしていない。人間の国に赴くのに、二人きりで行くのはもっとも効率的だった。
ルデウス一人が国の未来を憂いて悩んでいるだけで、二人は実質親公認の関係だったし、魔族に貞操観念などあってないようなものなので、二人きりの旅行を問題視するものは誰もいないのだ。
「見て……! 永遠の夜の国からの客人よ……」
「おお……。なんておぞましい……。あれが上位の魔族か……」
着飾った貴族達が、メイリアとルデウスを見てひそひそと囁き合っている。特に注目を浴びているのはルデウスだ。一列に並ぶ白目のない四つの瞳と、自在に動く三対の手は足と合わせて蜘蛛のような印象を与えるからだろう。
「羽虫が煩わしいのでして。潰しておいてほしいのでして」
「いけませんよ、メイリア様。人間をそう簡単に殺しては」
早速気分を害したメイリアを、ルデウスはそっとたしなめる。
「お前が永遠の夜の国の王女、メイリア・ダートルッシュだな」
そんなメイリアに声をかける青年がいた。この国の王太子だ。メイリアは彼に胡乱な眼差しを向ける。
「この忌々しい魔族めが。いいか、これだけは覚えておけ。俺がお前を愛することはない!」
それから王太子は、メイリアを侮辱する言葉を続けようとした。だが、一瞬にして冷静さを失った彼女の騎士が抜剣する。王太子は思わずひるんだ。
「論外でしてよ」
彼はもう何も言えない。ひるんでしまった彼が口を開くより先に、メイリアが裁定を下してしまったから。
「ひぃっ!?」
会場の全員が、血しぶきを上げて輪切りになる王太子の姿を見た。
だが、それは王太子本人も同様だ。崩れ落ちて粗相をした王太子に、メイリアは冷たい一瞥を投げる。
「つまらない正義感を振りかざすこと自体は構わないのでして。問題は、このわたくし様を利用しようとしたことでして」
メイリアの視線が動く。禍々しく輝く赤い目に捉えられたのはこの国の国王だ。王はたちまち動けなくなってしまった。
「そこの、魔族嫌いの愚かな王太子。おまえの伴侶の不貞の証のようでして」
メイリアの言葉を聞き、王妃がびくりと肩を震わせる。他の貴族達は、メイリアが何の話をしているのかよくわかっていないようだった。
だが、王はすでに妻の裏切りを知っていたようだ。王は脂汗を垂らし、ごくりと唾を飲み込んだ。
「偽物の息子を贄にして、わたくし様に殺させて。それを戦の火種にしたかったのでしょう? 望むのは、魔族を滅ぼした勇者の国という栄光でして? ……この国は、魔族の恐ろしさを忘れてしまったようでして」
強い魔族ほど優れた魔力を持ち、強力な魔術を操る。
メイリアもまた、いくつかの魔術に長けていた。特に得意なのは、幻覚を見せる魔術と──真実を見抜く魔術だ。
「戦が望みなら、いつでも受けて立ちまして。手始めに、この場にいる全員を切り刻めばよろしくて?」
メイリアは指を鳴らした。
その瞬間、広間中から壮絶な悲鳴が響き渡る。魔族の真の恐ろしさを知らずに平和ボケしていた人間達は、目の前の異形が正真正銘かつて地上を赤く染めた蹂躙者であることをようやく理解した。
* ─風吹き抜ける草原の国─ *
白き帆を上げる港湾の国からの縁談は撤回され、王家の名において大量の献上品が贈られた。あの国なりの謝罪のつもりなのだろう。
どれも贅を凝らした逸品だったが、メイリアのお眼鏡に適う品はなかったので、お付きの使用人や仲のいい貴族の娘達に渡された。同じプレゼントの山でも、どこかの誰かが用意した献上品より、ルデウスがメイリアを想って選んだ贈り物のほうがメイリアにとってはよほど価値がある。
結局、白き帆を上げる港湾の国は魔族の国に無条件で降伏した。メイリアが国中の王侯貴族に拷問の悪夢を見せたのがよほど堪えたようだ。
今ごろあの国の首脳陣は、メイリアの父である宰相が作成した不平等すぎる条約にサインしていることだろう。すっかり従順になった人間達に、メイリアもご満悦のようだった。
「これなら共存なんて簡単でして。わざわざ人間と結婚する必要はなさそうでして」
「うーん、何か違う気もしますが……」
とは言いつつ、お見合い相手の釣書はまだ残っている。
白き帆を上げる港湾の国で何が起きたのかが様々な国に広まり、ほとんどの縁談は即座に撤回されたのだが、まだメイリアの伴侶候補に名を残そうとする剛の者がいるのだ。この二人の候補者を見極めなければ、メイリアとルデウスの約束は果たされない。
「次はこの国にしましょう」
伴侶候補に会いに人間の国に行くのなんて、メイリアにとってはルデウスと旅行に行くための口実に過ぎない。メイリアは二枚の釣書のうち、適当に選んだ片方の釣書をルデウスに渡した。
*
白き帆を上げる港湾の国を滅ぼさなかった理由は単純だ。あの国でルデウスがメイリアのために買った、髪飾りと絵葉書がメイリアのお気に召したから。その気まぐれが国家を一つ救った。だが、いつもそうだとは限らない。
「君が魔族の姫か! どのような化け物が来るかと思ったが、実に美しいじゃないか!」
メイリアを国賓として歓待するため、風吹き抜ける草原の国では豪勢な宴が催された。ひときわ豪華な天幕で、主催者として鎮座するのはこの国の第二王子。メイリアの見合い相手だ。
「うん、これなら合格だ。君を私の正妻、第一夫人として迎え入れよう」
第二王子の傍らでは、五人の美しい娘達がかすかに手を震わせながら酌をしたり扇を煽ったりと忙しそうに働いている。みな露出の多い格好をしていた。寒くないのだろうか。
「第一……でして?」
「私には七人の妻がいるんだ。ああ、今の第一夫人は第二夫人に降格させるから心配はいらないとも」
「そこの女達がおまえの妻でして?」
「いいや? これはただの酌婦達だ。夜伽の相手はさせるが、正妻に数えるほどではない」
メイリアは目をぱちくりさせた。そして、ゆっくりと周囲を見渡した。
三人の少女を侍らす小男や、グラマラスな女に付き添われる老爺など、この国の要人である男達は第二王子の言葉に何の異も唱えない。
「よりによって、このわたくし様を人間の娘と同列に扱うとは。わたくし様に、複数いる伴侶の一人になれ、と? このような侮辱は初めて受けまして」
「気を悪くさせたのならすまないが、一夫多妻は我が国の文化なんだ。そもそも私は、どこかの馬鹿な男どもとは違って君と君の国を高く評価している」
第二王子は言葉を続けた。目障りな兄王子を廃して自分がこの国の王になり……そしてこの国を世界の支配者の地位に押し上げるため、どうしても魔族の力が必要なのだ、と。
熱弁をふるう第二王子の言葉を、メイリアはあくびまじりに聞いていた。美味しそうだった小皿の料理もちょっとつついた。
「お話は終わりまして?」
一区切りついたのを見計らい、メイリアは立ち上がった。
驚く第二王子を尻目に、メイリアはルデウスを連れてさっさと天幕を出ていく。
「美しい夕焼けでして。まるでルデウスの瞳のようでして」
地平線を朱く染める夕焼けを見つめ、メイリアはうっとりとそう呟く。
「ルデウス。わたくし様、この景色が欲しくなりまして」
そして彼女は、ルデウスに向き直って彼を跪かせた。
微笑む王女は、可愛らしい我儘を口にする。
「いつでもこの景色を眺められるように、この地をわたくし様に捧げなさい」
「御意」
ルデウスは穏健派であり、人間との平和的な関係を望んでいる。
だが、王女が主君として騎士のルデウスに何かを命じるのであれば、それは何よりも優先されるべきものだ。
(こうなっては仕方ない。なるべく犠牲は必要最小限に抑えよう。それが一番効率的だ)
命令から約一時間後。
ルデウスは風吹き抜ける草原の国の要人達と抵抗する兵士達をすべて斬り殺し、たった一人で国を陥落させた。
* ─果てなき熱砂の国─ *
最後の一人は、砂漠の国の皇太子だ。焼けつく太陽の光の下で活動するのはさすがのメイリアとルデウスでも厳しく、涼しい夜間でしか満足に動けない。そのせいで早くもメイリアの機嫌は悪くなっていた。
「この婚姻により、貴国と我が国の恒久的な平和と友好を実現できたらと願う次第でございます」
「退屈すぎまして」
メイリアの目をまっすぐ見つめて真摯に語る皇太子に、メイリアはばっさりと告げる。
「わたくし様、そのような堅い言葉を聞くためにここまで来たのではないのでして。甘い言葉でわたくし様を楽しませるぐらいのことはしてくださらないと」
「も、申し訳ございません」
冷たく甘い果実水のおかわりを要求しながら、メイリアは気だるげに続けた。
「おまえ、他に好きな女がいるのでしょう。わたくし様は、他の女に心を寄せている男に嫁ぐ気などなくってよ」
「なんと……。その深紅の瞳は、本当に何もかもお見通しなのですね」
「おまえは何故その女と結婚しないのでして?」
「……私は皇太子です。個人の感情で妻を決めるわけにはまいりません」
「おまえもどこかの堅物と似たようなことを言いまして」
メイリアは、傍に控えるルデウスを横目で睨む。話を聞いていたルデウスは、うっと身を硬直させた。
「彼女は……私の妻とするには、身分が足りないのです」
「くだらない。人間の身分とは、そこまで大事なことなのでして? 魔族の身分は、自分で決めることができまして。強ければ偉く、偉ければすべて許される。それが魔族でして。おまえもこの国で一番偉いとされている一族なら、己の望みぐらい無理にでも通せばいいのでして」
メイリアは悪魔の女王の娘だ。国で最強の存在である女王の娘として生まれ、その生まれにふさわしい力を備えている。だからメイリアが“王女”と称されることに、魔族は誰も異を唱えなかった。
メイリアがどんな我儘を言っても、周囲はそれを叶えてきた。だって強者の言葉は絶対だから。これまで思い通りにならなかったのは、結婚についてルデウスを頷かせることぐらいしかない。けれどその我儘も、きっともうすぐ叶えられるだろう。
「それができないのが、人間の社会なのです。……まさか魔族の自由さを羨ましいと思う日が来るとは……」
「ふぅん。つまらない生き方でして。人間というのは大変そうでして。わたくし様は魔族ですから、関係ありませんけれど」
皇太子は何か考えているようだった。彼がこれからどうしようが、メイリアにはどうでもいいが。
「わたくし様、こんな陽射しが強い国に嫁ぐなんて絶対に嫌でして」
その一言で、メイリアはお見合いの終了を突きつける。皇太子は何も言わず、ただ小さく頭を下げた。
* ─永遠の夜の国─ *
「結局、わたくし様にふさわしい人間はいなかったのでして」
果てなき熱砂の国から届いた結婚式の招待状をもてあそびながら、メイリアは挑発的な眼差しをルデウスに向ける。
「こちらの堅物のほうが、おまえよりよほど魔族らしくありまして」
「俺が間違っていたようです、メイリア様……。結婚という手段は、魔族が国際的な地位を得るのに必須ではなかったのですね」
この短期間で国を二つ従属させて、残る一つとは対等な友好関係を築き上げたメイリアを前に、さすがのルデウスも敗北を認める。
「メイリア様、今までの態度を謝罪いたします。どうかこの愚かな俺に、貴方様の伴侶になる栄光を与えてはいただけないでしょうか」
ルデウスは跪いて愛を乞う。メイリアは倨傲な笑みを浮かべてそれに応えた。
メイリアの両親の話→https://ncode.syosetu.com/n6581gn/
ルデウスの両親の話→https://ncode.syosetu.com/n5841gy/




