ビー玉だと思っていた私を、君だけが選んでくれた
夏の祭り。
目の前で、好きな人が他の人と手を繋ぎ、仲睦まじく笑い合っているのを見ている。
私はその場に、呆然と立ち尽くしていた。
いつもこうだ。
好きになった人は、決して私を選んではくれない。
自分が惨めで、悲しみに浸っていた時だった。
ピタッ。
「ひゃ!」
ひんやりとした冷たさが、意識を引き戻した。
慌てて振り返る。
黒髪の少年がいたずらっぽい笑顔を浮かべ、水滴のしたたるラムネを両手にぶら下げていた。
そのうちの一本を、私の頬の近くに突き出している。
「何するのよ!」
私は頬を膨らませて文句を言った。
「ほら」
少年はそのうちの一本を私に差し出してきた。
「どうした?」
彼は私の隣に腰掛け、私の視線の先を追うと、納得したように頷いた。
「ああ~、また失恋したのか」
「うるさい」
少年は私の幼馴染、浅野哲也だ。
「今回はちゃんと告白できたのか?」
「……ううん」
私は顔を背け、小さな声で答えた。
ラムネの玉を押し込むと、カランと涼しげな音が響いた。
冷たくて刺激的な炭酸が舌の上ではじけ、心はいつの間にか落ち着きを取り戻していった。
飲み干した後、私は瓶の中からビー玉を取り出した。
玉越しに、目の前の祭りを見つめる。
色鮮やかで幻想的な光と影は、まるで別の世界を覗き込んでいるかのようだった。
ラムネ瓶に使われるのは、規格を満たしたA玉だけ。
私はどこか歪に育ってしまった。
髪は短く、少し男の子っぽい。
せいぜいビー玉程度だ。
変わろうと思ったことはある。
だけど、どこか悔しかった。
「お前さ、またネガティブモードに入ってる」
彼は人差し指で私の額を小突いた。
「大丈夫だって。そのうち、お前のことを好きになる奴が現れるから」
「本当に?」
「いるよ。だから焦って自分を変えようとしなくていい。ゆっくりいこうぜ」
彼はぽんぽんと、私の頭を優しく叩いた。
「よし、祭りに行こう」
何気なくポケットにしまい込んだビー玉は、捨てるタイミングが見つからなかった。
それからずっと、その玉を持ち歩いていた。
また別の夏。今度は勇気を出して告白したけれど、振られてしまった。
「気にするなよ、あいつに見る目がなかっただけだ」
彼はまた、私にラムネの瓶を差し出してきた。
「ほら、おごってやるよ」
髪を伸ばしてみたり、おとなしい女の子のふりをしてみたりした。
そのおかげか、告白は成功した。
無事に付き合うことにもなった。
「おめでとう」
哲也は笑っていたけれど、その表情はどこか複雑そうだった。
あの日だけ、彼はラムネに一度も口をつけなかった。
でも不思議なことに、付き合っていてもどこか言葉にできない違和感があった。
結局、すぐに別れてしまった。
相手が好きになったのは、きっと本当の私ではなかったのだろう。
それからまた何人かを好きになり、何度も失恋を繰り返した。
ジリジリと照りつける夏の日差しは、肌を刺すように熱かった。
降り注ぐ蝉時雨を聞きながら。
私は玉を指先で転がしながら、その向こうの空を見上げた。
「綺麗だなぁ……」
不意に手元が狂い、ビー玉が指先からこぼれ落ちた。
「あ」
パリンと高い音を立てて、熱く焼けたアスファルトの上で粉々に砕け散った。
散らばった破片を見つめていると、いつの間にか涙が溢れ出していた。
まるで、その一つ一つの欠片に夏の思い出が映っているみたいだった。
失恋したあとに差し出されたラムネの冷たさ。
頭に触れる手のひらの温もり。
そして、いつも私を見つめてくれていた優しい視線。
どの思い出にも。
例外なく、哲也がいた。
ああ、なんだ。
とっくの昔に、私を選んでくれていた人がいたんだ。
なのに私は、ずっと気づかなかった。
「私、本当にバカだな……」
その時だった。
ふわりと頭に温かな感触が落ちてくる。
「何泣いてんだよ? ビー玉、割れちゃったのか?」
哲也が優しく私の頭を撫でた。少し呆れたような、でも温かい声が頭上から響く。
「泣くなって。また買ってやるから」
私は彼の胸に飛び込み、声を上げて泣きじゃくった。
「うお! ど、どうした?」
哲也は一瞬固まり、それから恐る恐る私の肩に手を置いた。
「ごめん……ごめんね」
私は彼の腰に抱きつき、ひたすら謝り続けた。
「大丈夫か?」
哲也が心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫……ただ……」
私は手の甲で涙を拭った。
今の顔はきっと酷いだろう。
でも、そんなことはもうどうでもよかった。
「ただ……?」
「気づくのに、すごく時間がかかったことがあるの」
哲也は黙って私の言葉を待つ。
「ねえ。こんな私でも、好きになってくれる人っているのかな?」
私は顔を上げ、彼を見つめた。
「いるよ」
「何も変えなくたって、好きになってもらえるのかな?」
「……もちろん」
私はぎゅっと彼を抱きしめた。
「ありがとう」
「こんな私を選んでくれて」
そして、小さく呟く。
「好き」
次の瞬間、私の身体は優しく抱きしめ返された。
頭上から、低く穏やかな声が降ってきた。
「ああ。俺もだ」
この作品は、HACHIさんの楽曲『ビー玉』から着想を得て執筆しました。
素敵な曲なので、興味を持った方はぜひ聴いてみてください。




