1.コミュ障クラフター、転生する
VRMMO『クラフトワールド・オンライン』は、私の世界だった。
このゲームのテーマは創造。剣で戦うよりも、手で生み出すことに価値がある。
モンスターを倒して得た素材、鉱山から掘り出した鉱石、森で摘んだ薬草や花。それらを組み合わせて武器、道具、アクセサリーなど自由な想像で様々な物が作れる。
きらびやかな宝飾細工、ぬくもりのある木工家具、そして空を舞う魔導飛行艇。どれも誰かの手で作られ、誰かの夢が詰まっている。そんな世界。
私はそこで、小さなアトリエを営むクラフト職人として生きていた。戦うのは苦手。人と対面で話すのも、得意じゃない。
でも、素材を磨き、金属を溶かし、糸を撚り、木を削っているときだけは、不思議と心が満たされた。ハンマーの響き、魔力炉の低い唸り。それらは私の世界を彩ってくれた。
新しい素材を見つけるたびに胸が高鳴り、新しいレシピを閃くたびに夜を忘れた。自分の作ったアイテムを誰かが着けてくれる。それだけで、世界の片隅に自分が生きている気がした。
ずっと、この世界で生きていきたかった。けれど、それも叶わなくなった。
現実の私は、病魔に蝕まれ、あっけなく命を落としたのだ。
もっとクラフトしたかった。もっと、この手で何かを作りたかった。
そんな未練だけを胸に抱いて、私の意識は、静かに闇へ沈んでいった。
◇
「……んっ」
突然、意識が戻ってきた。
「えっ?」
驚いて目を見開き、体を起こす。すると、目に飛び込んできたのは――クラフトワールド・オンラインで暮していた家に似た部屋の様子だった。
「こ、ここは……? 私……死んだはずじゃ……」
部屋は似ているが違う。だから、余計に混乱した。私の最後の記憶は病院のベッドの上。そこで、弱まっていく心電図の音を聞きながら、意識を離したはずだ。
「目覚めたか」
「ひっ!」
突然声が聞こえてきて、身がすくんだ。声がした方向を見て見ると、そこには一匹の黒猫が座っていた。
「お喋りしたのは……君?」
「これは私の魔力媒体で作った人形みたいなものだ」
「魔力、媒体?」
人と話すのは苦手だけど、姿が黒猫なら話せる。ホッとしていると、扉の向こう側からノックの音が聞こえた。
「入るぞ」
「えっ、あっ、えっ」
黒猫と同じ声が扉の向こうから聞こえて、思わず固まった。扉が開くと、そこに立っていたのは――黒髪の美女。
腰まで届く艶やかな髪がさらりと揺れ、切れ長の瞳がこちらを見据える。黒曜石のような瞳の奥には、淡い金の光がちらりと瞬いた。
高貴な黒いローブをまとい、背筋はすらりと伸びている。どこか人ならぬ気配を漂わせながら、彼女は微笑んだ。
「目覚めて良かった。しばらく起きないから心配した」
「そのっ、あのっ、ご、ご迷惑を……!」
「気にするな。突然、こんな状況になって驚いているだろう? 説明が必要だと思ってな」
「あっ、はいっ、そのっ……あのっ……わ、わた、私はっ……」
その人は穏やかに話してくれるけど、私は普通に喋れない。緊張して鼓動がドキドキして、頭の中が真っ白になる。
「どうした? さっきは普通に話していたのに……」
「わ、わた、私っ、そのっ、こここ、コミュ障……なん、ですっ」
「……あぁ、だからか。分かった」
決死の思いで自分の事を伝えると、謎の美女は部屋を出て行った。その途端、重圧から解放されて、一息つけた。
「じゃあ、こっちなら平気だっていうことだな?」
「わっ! ……えっと、はい、そうみたいです」
すると、また黒猫が喋った。どうやら、黒猫を通してお話をしてくれるらしい。これなら、普通に話す事が出来る。
「気を使ってくれてありがとうございます。それで、ここは?」
「ここは前世でいうところの異世界。そして、私達は前世で死んだ転生者っていうことになっている。それで、自分の姿を見て見ろ」
そう言うと、黒猫の目の前に光が現れた。その光が収束すると、一つの鏡が出てくる。
その鏡を手にして、自分の姿を見て見ると――。
「わっ! この姿、ヒナだ!」
ヒナはクラフトワールド・オンラインで作ったアバターの名前だ。十二歳の見た目の女の子で、青い瞳をしていて銀髪をハーフアップにしている。
「そう、私達の姿はVRMMOで作ったアバターの姿そのものなんだ」
「えっ、じゃあ……美女さんも?」
「君と同じだ。前世で死んで、VRMMOのアバターの姿で異世界転生した。私のやっていたVRMMOは魔法がメインのゲームだったな」
どうやら、美女さんは私とは違うVRMMOの出身者みたいだ。でも、二人もVRMMOのアバターで異世界転生したのは意図的なものに感じる。
「もしかして、私は意図的に転生させられたって言う事ですか?」
「話が早くて助かる。具体的に言えば、女神に選ばれた者がVRMMOのアバターの姿で異世界転生させられたんだ」
「どうして、そんなことを?」
「この異世界は出来たばかりで未熟な部分が多いらしんだ。そこで、この異世界に似たVRMMOの経験者をこの異世界に送り込んで、発展させようという思惑らしい」
なるほど、そんな意図で私は異世界転生させられたのか。
「女神からのお願いだ。VRMMOのアバターと同じ力を持たせたので、アバターの力を使ってこの世界を発展させて欲しいとのことだ。それと、前世で遂げられなかった思いをここで果たして欲しいともな」
「前世で遂げられなかった思いを……か」
私は鏡の中の自分を見つめた。
そこには、あの頃のヒナがいた。銀の髪が光を弾き、青い瞳が澄んでいる。まるで宝石のように綺麗で、でも確かに私だ。
クラフトワールドで過ごした日々が、走馬灯のように蘇ってくる。鍛冶場の熱気。針を持つ指先の感覚。出来上がった装飾品を見て笑ってくれた誰かの顔。
あのとき感じた喜びは、現実のどんなことよりも鮮やかだった。
もう一度、あの感覚を味わいたい。
そう思った瞬間、胸の奥から熱がこみ上げてくる。失われたと思っていた創ることへの情熱が、再び灯ったのだ。
「この世界には……素材があるんですよね?」
「もちろんだ。鉱石も、草花も、魔物の素材も存在する。もっとも、加工技術はまだほとんど未発達だがな」
「なら、伸びしろがあるってことですよね」
自然と口角が上がる。
この世界には、まだ誰も作っていない物が無数にある。道具も、武器も、生活のための道具も。それなら私が、それを形にしていけばいい。
前世で果たせなかった「もっとクラフトしたい」という願いを、今度こそ――。
「ふふっ、なんだかワクワクしてきました」
「覚悟はできたようだな」
「はい。私、やります!」
強く拳を握る。胸の中に広がるのは、不安よりも期待。
「この世界で、もう一度――クラフト職人として生きていきます!」
今度こそ、私の手で、新しい世界を作り上げてみせるんだ。
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