夜だけの居場所
※本作品の著作権は作者・月愛(Lua)に帰属します。
いかなる場合(朗読・動画化・配信等)においても、著作権の譲渡・放棄は行っておりません
無断転載、無断配布は禁止、私から許可がない場合は二次利用を禁止します。
夜に呼ばれることには、もう慣れていた。
スマートフォンが震えるのは、決まって日付が変わる少し前だ。
「今から行っていい?」
短い文。名前も、感情もない。
それでも私は、すぐに「うん」と返す。
部屋を片づけるほどの時間はない。
ただ、洗面所で髪を整えて、口紅を引き直す。
どうせ暗い部屋では、色なんて見えないのに。
ドアの向こうで足音が止まり、ノックが一つ。
開けると、彼はいつもと同じ顔をしている。
仕事帰りの匂いと、少し疲れた体温。
「寒くない?」
そう聞かれて、首を横に振る。
本当は少し寒い。でも、困らせるほどじゃない。
彼は私を抱き寄せる。
胸に顔をうずめると、心臓の音が聞こえた。
それだけで、ここに来てよかったと思ってしまう自分がいる。
ベッドに向かうまでの時間は、曖昧だ。
服がどこに置かれたか、覚えていない。
ただ、触れられるたびに「今は必要とされている」と思い込む。
名前は呼ばれない。
それでも、息が近くて、体温が重なると、考えることをやめられる。
しばらくして、彼は眠る。
私は天井を見つめながら、静かに息を整える。
——朝になったら、彼は帰る。
それを知っているから、目を閉じない。
カーテンの隙間が、少しずつ白くなる頃、彼が身を起こす。
「もう行かなきゃ」
その言葉に、私はうなずくだけだ。
「またね」も、「次はいつ?」も言わない。
玄関で靴を履く彼の背中を見ながら、思う。
この人の人生に、私はどこにも置かれていない。
ドアが閉まる音がして、部屋に静けさが戻る。
ベッドに残った体温は、すぐに冷えていく。
私はシーツを整え、散らばった服を拾う。
いつもの朝。いつもの後始末。
鏡に映る自分は、少しだけ疲れた顔をしていた。
それでも、泣くほどじゃない。
「大丈夫」
小さくそう言って、私は一人でコーヒーを入れる。
この時間だけは、誰にも選ばれなくていい。
——選ばれなかった女の朝は、いつも静かだった。




