1.虹色の光と適正
よろしくお願いします٩( ᐛ )و
冬の朝。凍てついた大理石の廊下には、淡い金色の筋を描き、陽の光が差し込んでいた。
吸い込んだ冷気が白い息となって漂い、次第に薄れていく中、私は静かに歩を進めた。コツコツと冷たく響く足音と共鳴するように心臓の鼓動が頭蓋の奥で振動していた。
「リアナ様、こちらの水晶に御手をおかざしいただけますか」
監督官の声は丁寧で落ち着いている。数人の世話役や家臣らしき者たちが控えめに視線を送っていた。護衛訓練仲間数名も緊張した面持ちで見守っている。皆、期待しているのだろう。
私は一歩前に出て、水晶の浮かぶ台座にゆるやかに近づいた。
なめらかな銀色の髪は普段なら腰まで届く長さだが、今日は訓練の後ということもあり肩あたりまで結いあげられている。銀色の留め具が穏やかに光を受け、細い髪束が揺れていた。光の加減によっては鈍く煌めき、時折風に吹かれて揺れる髪が意志を帯びた生き物にも見える。
「承知いたしました」
静かに返事をするが、心の中では少し舌打ちに近い思いが湧いていた。
(…はやく私も前線で戦いたい!そのために使えるのならどんな適正であろうとも無駄にはしない!)
水晶の前に手をかざす。
ひんやりとした冷たい石。
そこにゆるやかな暖かさがじんわり広がる。
こんなものか…そう思った次の瞬間、虹色の光が水晶から爆ぜるように迸った。
光は帯のように私を包み、視界の輪郭が滲み始めた。壁や床が歪み、部屋の外でも誰かが驚いた声をあげた。
「リアナ様!!…これは、驚異的な適正です!!間違いなく聖女であると断言してしまっても差し支えないでしょう!!!」
監督官の声には、抑えきれぬ興奮が含まれていた。他の者もざわめき、誰かが息を飲むのが聞こえる。
私は軽く頭を下げ言った。
「恐縮です。…この力を確実に使いこなすことで、きっとお役に立たせていただきます。」
言葉遣いは丁寧だが、響きには鋭さが含まれていた。自分でもそれを感じていた。
部屋は次第に静まり返り、張り詰めた空気だけが残る。
人々の視線が私を捉えて離さない。
だが、それは称賛だけではなく、「期待」「責務」「未知への重さ」が混ざったものだと直感した。掌が微かに震えている。私はそれを感じながら待機所に向かった。
待機所の扉が開き、護衛の青年エルディンが深々と頭を下げて言った。
「リアナ様、お疲れ様でございました!本日のお嬢様の適正反応、非常に高い評価を賜っております。どうか今はご無理をなさらず、お体をお大切になさってくださいませ」
私は小さく微笑んだ。それから少し口調を崩して言った。
「ありがとう、エルディン。でもね、私としては“祈りだけで何とかなる魔法”っていうより、“動いて結果を出す力”がほしかったわけよ。だけど、出たものは出たもの。まずは使えるものは使いこなしてみるわ。」
エルディンは安堵のような表情で頷き、軽く笑みを返した。
「はい。では、失礼いたします。お嬢様が快適にお休みになれますように」
私は一礼すると、扉越しに控えていた侍女たちに挨拶をして部屋を出た。
その夜、自室にて。
薄暗い灯火のなかで、白い天蓋の布がかすかに揺れている。月光が窓から差し込み、甘く冷たい気配を漂わせる。部屋には花瓶があり、淡い色の薔薇が一輪、静かに香っている。家系伝来の調度品が整然と並び、格式が感じられた。
私は剣の柄に触れた。訓練場で慣れ親しんだ冷たく硬い金属。抜き身にして風を切る感覚。あれは私がよく知る「力」だった。だが今、私が扱わなければならなくなったのは、もう一つの“見えない力”…意味のないとまでは言わないが、祈りという全く期待してもいなかった類の力だ。
ーー正直残念に感じながらも、仕方ないと瞼を閉じようとしたその瞬間、空気が静かに震えた。
小さく、かすかに。だが確かに聞こえた。
「たすけて…」
それが現なのか、夢なのか、まだ判然とはしなかった。でも、胸の奥に刺さった。それから私は動けなかった。
聞き間違いではない。
耳から聞いたというより、直接頭の中に響くような声だった。




