第8話 真実の愛の末路
嘘だと、レオンは思った。
単に仲間を集めるだけなら、何も同じような髪の色で同じような体型の令嬢ばかりを集める必要などはない。
似たような外見の令嬢を集め、ポーレットと共に教育を施し、レオンに会わせること。
実は、それは、ガードナーからの発案だった。
「ぐふふふふ。五年も離れていれば、阿呆のレオン殿下が真実の愛の相手など選べるはずはないですよ。レオンに選ばれなかったポーレット嬢はどう感じますかねえ。選べるのなら、レオン殿下のことも許しましょう。選べないのであれば……ぐふふふ。我が妹を苦しめた罰としては甘い気がしますけどねえ……」
事実、レオンはポーレットを選べなかった。
ああ、ガードナーの下品な笑い声が聞こえてくるようだな……と、王太子は溜息を吐いた。
貴族学院に通っている間。王太子はガードナーとの友誼を結んだ。
あの笑い声さえなければ、かけがえのない友と呼べる程度には、王太子とガードナーは親しい。
それだけでなく。
その気になれば、ガードナーは王家など転覆させて、自らが新しい国の王となる才覚がある。
面倒がって、王にはなりたがらずに、侯爵で十分だと笑うガードナー。
その知略というか策略には、学生時代、何度も肝を冷やされた。
王太子が、唯一敵に回したくないと思う男、それがガードナーだった。
王太子はちらりとポーレットに目線を流した。
表情を動かすことなく、淑女の笑みを浮かべ続けている。
ポーレットは、この五年、努力をした。
レオンのために、五年、耐えた。
それだけではなく。
夜会の会場で見たヴィルジニー。
レオンと婚姻をし、王族になるのなら、ヴィルジニーに匹敵する教養とマナーを身に付けないといけないのだと。
必死に頑張った。
「ポーレット嬢、悪いが、レオンを試させてもらうよ」
そう言われて、王太子が親切心で、共に学ぶ令嬢たちを集めたのではないと、分かった。
偶然、自分と似たような令嬢が集められたわけではない。
だけど、真実の愛であるのならば、レオンが自分を選んでくれるのでは……。
あの優雅で優美で人目を引く美しきヴィルジニーを押しのけて、自分を選んでくれたのだから、似たような娘が何人いようと、何年離れていようと、きっと、困難を乗り越えて、レオン様と結ばれる……。
そんな、夢は。所詮、夢でしかなかった。
ポーレットはその場に崩れ落ちた。
もしも今「やっぱりポーレットは君だったのだね」などと、レオンに手を取ってもらっても。
既に二度も間違えたレオンを、もう、心から愛することはできない。
何が真実の愛だ。分からなかったくせに。
ポーレットの心のどこかが、レオンを責めていた。
王座から立ち上がった王太子が、ゆっくりとした歩みでポーレットの傍までやってきた。
「ポーレット嬢。レオンは君のことが分からなかったが、それでもレオンと婚姻を結ぶかね?」
「……いいえ、王太子殿下。この五年間、大変ご迷惑をおかけいたしました。わたしはどこかの修道院に入ります」
暗い瞳で、レオンのほうを見向きもしないまま、ポーレットは答えた。
「可能であれば、ヴィルジニー様にも謝罪をと思いますが」
「ヴィルジニー嬢は謝罪など望まないだろうね。今頃はもう、隣国の侯爵令息と婚姻済だ。レオンのこともポーレット嬢のことも。不快な記憶は既に忘れて、現在のしあわせな日々を送っている」
「そう……ですか……」
ポーレットはのろのろと立ち上がった。
「き、君が本物のポーレット……」
伸ばされたレオンの手を、さっと避けて。
ポーレットは一礼をすると、謁見の間から出て行った。
両の瞳から、涙を流しつつも、いつぞやの夜会でのヴィルジニーのように背を伸ばし、真っ直ぐに。
「さて、レオン。おまえはどうする?」
「どう……とは」
「ヴィルジニー嬢もポーレット嬢も、お前と一生を共にする気はない。フラレ男に対する選択肢は二つ。一人で生きるか、ここにいるご令嬢から一人選んで婚姻を結ぶか」
「そ、それは……」
「ポーレット嬢と同じような髪の色、身長、体型。どうだ、誰でもお前の好みだろう?」
残された九人の令嬢たちはくすくすと笑った。
「わたくしたちのうち誰を選んでいただいても構いませんわ」
ヴェイユ伯爵家の三女、フランソワーズが言った。
「わたくし共は皆、家が持参金を用意できず、結婚を諦めた女たち。年寄りに嫁ぐか、加虐趣味を持つなど性格的に瑕疵のある殿方に嫁ぐしかなかった者もおりますが」
ソワイエクール男爵家の四女、アンヌが答えた。
「愛などなくとも、王命に従い、レオン殿下の妻となり、王家の血を絶やすことなく後世に繋ぎましょう」
残りの令嬢たちが声をそろえてレオンに告げた。
真実の愛の相手のはずのポーレットは去り、ポーレットと外見の酷似している九人の令嬢たちに取り囲まれて。
まるで悪夢だ……と、レオンはその場でへたり込んだ。