第7話 結婚の条件
一方、真実の愛を選んだはずのレオンとポーレットはと言えば。
頭を抱えたまま、寝込んでしまった王に代わり、王太子から処罰を申し付けられた。
「ヴィルジニー嬢やマドゥアス侯爵には王太子である私が頭を下げてやる。ヴィルジニー嬢との婚約は白紙解消。ポーレット嬢との婚約は即座に結んでやろう」
「あ、兄上! ありがとうございます!」
レオンの顔が輝いた。が、しかし……。
「ただし、婚姻に当たっては条件が二つある」
王太子は冷めた口調で告げる。
「結婚の条件……?」
「一つ、ポーレット嬢が王子妃教育に合格……つまり、ヴィルジニー嬢が現在有する語学、歴史などの知識、礼節などと同等のものを身に付けること」
元平民で、一年前に男爵家の娘になったばかりのポーレットではあるが、文字を読むことも可能だし、自分の名前を書くことはできる。
だが、そのレベルは当然低い。
故に、王子妃教育は苛烈を極めることになる。
しかし、レオンはその程度のことに思い至ることはできなかった。
「大丈夫です! 我々には真実の愛があるのです! ポーレットも私のために、全力で王子妃教育をこなしてくれるはずです!」
と、レオンは兄である王太子に笑顔で答えた。
王太子は「ふん」と鼻を鳴らす。
「それからもう一つ。レオンは国境警備隊で働くこと。期間は五年。その間に働いて得た金程度では、お前が私的流用した金額には届かんが、許してやる。全額返金しろと言ったら一生かかるだろうからな。兄からの恩情だ。足りない分は私の私財から補填してやろう」
国境警備隊で働くことには不服を覚えたレオンだったが。
かといって、私的流用した費用をすべて返金しろと言われては困る。
しかも足りない分は補填してくれるという。
結局、レオンは王太子の出した条件を呑み、国境へと向かうしかなかった。
王城からレオンを乗せた馬車が国境へと向かう。
その様子を見た王太子はガリガリと頭を掻いた。
「ここまではガードナーの筋書き通り……か。では、結末もアイツの想定した通りになるだろう。あと私ができるのは……さっさと父王を引退させることと……ポーレット嬢の教育……だな」
***
そして、五年の月日が流れた。
***
これでポーレットと結婚ができると、レオンは意気揚々として帰ってきた。
王は既に王妃と共に離宮で静養生活に入っており。
既に実権を握っていた王太子が、まもなく正式に新たなる王となることが予定されていた。
故に帰ってきたレオンを迎えたのは、王座に座る王太子とポーレットだけのはずだったが。
「な、何ですか、これは……!」
謁見の間には、ポーレットと同じ薄桃色の髪、同じ程度の身長、同じような体格の令嬢が十人、ずらりと一列に並んでいた。
「五年ぶりに会うお前の婚約者だ。厳しい王子妃教育を耐えて、どこに出しても恥ずかしくない令嬢となったことを褒めてやるがいい」
この五年間、レオンが思い描いていた、愛らしくも癒される無邪気な笑顔を浮かべている者は一人としていなかった。
十人の令嬢は皆、ヴィルジニーがそうであったのと同じように、淑女として完璧な穏やかな表情。個々に、それなりの差はある。だが、皆一様に同じような髪色、瞳の色。表情や立ち居振る舞いもまるで、軍の兵士のように整列していると、個人の見分けなどつかなくなる。
いくら見比べても、十人の令嬢の中で、誰がポーレットなのか、レオンには分からなかった。
「さ、レオン。真実の愛なのだろう? たかが五年、会わなかっただけだ。愛する相手を忘れはしていないだろう⁉」
まもなく新王となる王太子は、低く嗤った。
「選んだ相手がお前の婚姻相手だ。まあ……誰を選んでも私は構わないが」
レオンの背中に冷や汗が流れた。
分からない。
真実の愛の相手であるポーレットが一体誰なのか。
レオンには本当にわからなかった。
何度も何度も、十人の令嬢を比べてみる。冷汗は止まらない。
分からないが、王太子からの「選べ」という鋭い言葉に、とっさにレオンは「これです! ポーレットはこれです!」と、王座に一番近い位置に立っていた令嬢を指さした。
「ご令嬢、名乗り給え」
淑女の礼を執った令嬢はゆったりとした笑みを浮かべて、言った。
「わたくしはヴェイユ伯爵家の三女、フランソワーズと申します」
レオンは目を見開いた。
「い、今のは間違いです! 私のポーレットは、こっちの令嬢です!」
レオンは王座から一番遠い位置に立っている令嬢を指さした。
「ご令嬢、名乗り給え」
頷いて、その令嬢は答えた。
「わたくしはソワイエクール男爵家の四女、アンヌでございますわ」
「な、何だと……」
王太子が王座から立ち上がりながら言った。
「ポーレット嬢が一人で王子妃教育を受けるのがつらいと言い出したものでな。まずは手本となる令嬢を数人、城に招いた。主に持参金の問題で婚約を結ぶことが難しい下級貴族の三女や四女。それから、ポーレット嬢と同程度の礼儀作法しか身につけていなかった令嬢たち。切磋琢磨し、皆で一流の淑女となるように力を合わせてもらった。結果、ここに素晴らしい淑女が十人も誕生したというわけだ」
「な、なぜ……」
「義理の妹になるであろうポーレット嬢に対する親切心だ。共に学びあう仲間がいれば、楽しく学べるだろうとな」
もちろん、そんなことは表向きの理由だ。
本当は、ガードナーの書いた筋書きに、王太子が乗っただけ……であった。