第6話 笑い
「ぐはっはっは! 第二王子も陛下も、親子そろって無能で阿呆だな! 二択を迫られどちらも選べないのだから!」
王城から、王都にあるマドゥアス侯爵家のタウンハウスに向かう馬車の中、ガードナーが笑いながら言った。
「兄様、不敬ですわよ」
口ではガードナーを咎めながらも、その実、目は笑っていた。
二択を迫られ、答えらえれないのが無能なのではない。
二択を迫られるという事態に陥ったこと、それ自体が無能の証明だ。
王が、二択の内、どちらを選んでもマドゥアス侯爵家の益となるよう、話を持っていくのだから。
ぐふふふふ……という笑いを、ようやく収めたガードナーが言った。
「さ、父上、ヴィルジニー! 忙しくなりますよ! まず、我々は領地に帰りましょう。使用人は……代々我らに仕えている者たちは引き連れて帰りますが。王都で採用した者たちは解雇ですね。王家の手の者がまぎれているでしょうから」
「解雇すれば、こちらの思惑が王家に伝わるのでは?」
「かまわん。知ったところで何もできないだろう。何せ、回答が得られるまでは、ヴィルジニーと第二王子の婚約は『一時停止』だ」
「こちらの考えなど知られても構わないのですよ! というか、元々王太子殿下には伝えてありますし!」
「……ガードナーお兄様と王太子殿下は、そういえば、懇意でしたかしら」
ぐふふふふ……と、ガードナーはまた笑った。
「無能の王と阿呆な第二王子なんかはさっさと捨てて、王太子殿下に王となってもらい、ヴィルジニーには好いた男と結ばれてもらう。どこかの国の一石二鳥とかいう言葉は、まさに、この通り! ですよ! あ、いや。王太子殿下が王となれば、私が暗躍する必要もなくなる。一石三鳥……、いや、四鳥。なんでもいいけど、楽になる!」
「楽?」
ヴィルジニーは首を傾げた。
ガードナーは、将来父の後を継いでマドゥアス侯爵となる。責任は重大であり、楽はできないとは思うのですが……と、ヴィルジニーは思った。
「ああ、いつまでも無能の王と阿呆の第二王子が勝手気ままにのさばっているのなら。王太子殿下の尻を蹴飛ばして、さっさと王にしてやらないといけないなーと。あれこれ策略を練っていたけど、今日のことで、普通に王太子殿下を王にしてやれる」
「まあ……」
「ま、この状況で、王位をもぎ取れない無能なら、王太子殿下の尻でも蹴り飛ばして、私が王となるか……でもいいけどね!」
「……兄様」
「冗談だよ、心配しなくていいよ。王なんて面倒、ごめんだよ」
ヴィルジニーは青ざめた。
この兄は、やると決めたらやる。
普段は阿呆な笑いで道化を気取っているが、その実、恐ろしいほど頭が切れるのだ。
「……謁見の間では、一言も話さず静かにしていたのにな。馬車の中ではずいぶんと饒舌だなガードナー」
マドゥアス侯爵が咎める目つきになっても、ガードナーはどこ吹く風だ。
「いやあ、謁見の間ではですね、笑うのを堪えていたら、一言も話せなくなったんですよ。きっと王太子殿下も私と同じですね! 彼も一言すら発しませんでしたから!」
ぐふぐふと笑い続けるガードナー。
父と娘は溜息を吐いた。
「……何にせよ、王家からの回答が来るまでに、我らは領地に戻る。そうだ、隣国のルロワ侯爵家の皆を、久しぶりに我が家に招待するのも良いかもしれん」
「まあ、お父様! それは素敵な提案ですわ!」
マドゥアス侯爵領から王都にまでは、数日どころか数週間はかかる。
が、隣国のルロワ侯爵領までは三日もかからない。
心理的には王家などよりも、よほど、隣国のルロワ侯爵家の者のほうが近しい。
しかも、ヴィルジニーとルロワ侯爵令息のルシフェルとは、幼馴染のような関係であり、昔から仲が良い。
二人とも、大人になったら結婚をしようと口約束までしていたのだが。
隣国の侯爵家同士とあって、正式な婚約は国の許可が必要だった。
残念なことに、許可を申請する前に、レオン・デ・アスカリッド第二王子との婚約を王から命じられてしまったのだ。
ヴィルジニーはルロワ侯爵令息のルシフェルと婚約を結べなくなったことを悲しんだが。
ガードナーは断言した。
「安心しろ、ヴィルジニー。いつか婚約などなんとでもなる」
どうせ王はウィルジニーの問いには答えられない。
そんな無能は第二王子ごと廃し、マトモな王太子を王にする。
そうすれば自動的にウィルジニーと第二王子の婚約など白紙になる。
何せ、王太子殿下はガードナーの味方だ。
一時的な婚約の停止ではなく、ウィルジニーは自由の身だ。
「王がどのような選択をして、どのような命令を下そうが、最終的にこちらの希望通りになるんだよ。あとは……まあ、我々がのんびりしている間に王太子殿下が頑張ってくれるはずだよ。ぐふふふふ……」
いくつもの策は既に王太子に伝えたしね……と、ガードナーは笑った。
そうしてガードナーの言葉通り。
多少の時間はかかったが、後に、ヴィルジニーは希望通り、ルロワ侯爵令息のルシフェルと婚姻を結ぶことができたのだ。