希望の芽
神は静かに片手を上げ、空間に薄いパネルを三枚浮かべる。
「本来、他の家族について詳しく話すことはできないんだ。
でも償いとして、特例で“惑星名だけ”は調べてあげるよ」
浮かんだ文字が白い光を帯びて滲む。
『Earth』『Lumina(美姫)』『Zana(刃)』
「やはり創造神の仕業か...」と運命神が小さく呟く。
その並びを見た瞬間、実佐の膝から力が抜けそうになった。
「ジョージは……同じ地球……」
胸の奥で、冷たい不安と熱い希望が同時に膨れ上がる。
会える可能性が一番高い。だが、娘と息子は別の惑星。想像も及ばない距離と危険。
「ルミナ、ザナ……その名前を私は初めて聞くわ。どんな場所なの?」
「そこは言えない。言えるのは惑星名までだ。自分で調べてくれ。」
実佐は唇を噛み、ゆっくり頷いた。
「……分かった。惑星だけでも、ありがとう」
神はわずかに目を細めると、指先で別のウィンドウを開いた。
「もう一つ、償いのために贈る。“プリセット機能”だ。
装備、服装を複数登録して、瞬時に切り替えられるスキルだ。
戦闘状況や儀礼など、場面ごとに最適な装備を呼び出せる能力だ」
光の粒子が実佐の肌に染み込み、白い杖が震える。衣の縫い目、掌の感覚、胸郭の内圧。なにもかもが一度ふわりと溶け、すぐに形を取り戻した。
「……感じる。私の中何かが芽生えたわ」
「それがプリセットスキルだ。これで戦闘の場面によって装備を最適化できるよ」
実佐は少しだけ眉を寄せた。
「戦いのための力、という風に聞こえるわ」
神は首を縦に振って頷いた。
「君は戦うからではない。君が“守る”から、結果として戦場に立つ事もあると思う。
私はその運命を手助けしたいんだ。
しかし、気をつけて。君の術はこの時代の“神々”の均衡から逸脱している。
ミネルバ教を裏で支える存在たちは、装置を通した“光”の術式を前提にしている。
装置なしで完結する治癒は、彼らにとって異物だ。いずれ必ず感づく」
実佐は喉の奥に硬い塊ができるのを感じた。
「わたし、怖くないわけじゃない。でも、もう見たの。
連れ去られた子を、その母親が自分の命を断った事も。
死を、ヒールでもディスペルでも覆せない壁を。だから、
二度と同じ光景を見ないためにもこのスキルを有効活用して見せるわ」
「そうしてくれ。それから世界の状況についても最低限は伝えておく。
今いる場所は“デウス”と呼ばれる宗教国家で、
推測通り君の時代ではバチカンと呼ばれていたところだ。
君が見た有機物生成機はデウス以外では皆が自由に使えてて、
結果通貨という概念がなくなっている。
そんな技術進歩は他にも宇宙探索が可能になるまで進んでいて、
他の知的生命体とも遭遇する事になった。
しかしそんな中、
宇宙全域で“ザーグ”と呼ばれる群体生物が銀河を侵略している事実にも直面していて、
人間を含め複数の知的生命体で連合軍が編成されて宇宙規模の戦争が行われている。
正直に言うと、連合軍が優勢とは言えないかな」
実佐は目を見開いた。胸がきしみ、喉が乾く。
「そんな世界に……美姫と刃がひとりで」
「惑星名以外は言えない。だが、君の子は強いよ。
君達はそう育てたみたいだね。焦って無謀に動くのではなく、
一歩ずつ着実に力をつけている最中だ」
「一歩ずつ……」
「デウスでは“聖女”という言葉が人々の希望としてなりつつあるが教会は黙っていないだろう。
この状況が続けば、危ない目に遭うと思うよ。
君自身の志を守るためにも、立ち位置は慎重に選んだほうがいいよ。
必要なら、教会式の装束や一般市民の服装をプリセットに組み込んで、
周りの目をだますのもありだと思うよ」
「理解したわ。私は私のやり方で家族を見つけて見せるわ」
「それでいい。もう一つだけ助言をしてあげると、
ザーグへの直接対抗は今のところ君の役目じゃない。
君の戦場は人間の側だ。弱者を助けて、
嘘に覆われた教会をなんとかした時家族と再開できると予言してあげるよ」
「それは本当なのね!」
「ああ、約束するよ」
神は短く微笑んだ。
「こんな状況になってしまったが私はまだ君にこの世界を“楽しんで”ほしいと思っている。苦難の先でさえ、君は衣食住の工夫で周りに幸せをもたらすだろう。
そこに喜びや楽しみを見つけてくれる事を心から願っているよ」
実佐の胸に、ほんの少し暖かい風が通る。
「……ありがとう。私、やれる限りやってみる」
神は視線を落とし、どこか遠くを透かすように続けた。
「あらためて言うが、君には大変な思いをさせてしまって申し訳なかった。
君の運命が喜びと幸せに満ちる事を心から願っているよ」
空間がゆっくりと歪み、光が弾けた。
冷たい空気と、遠い発電機の唸りが戻る。
実佐は診療所の天井を見上げ、深く息を吐いた。
掌の中には確かに新しい感覚がある。意識を向けるだけで、新しいスキルの感覚が分かる。
「プリセット、登録」
現在の装備をまず登録した。
白い杖の重心がわずかに移り、ローブの裾が音もなく動く。
スキルの表示を確認するためステータス画面を開いたとき、
片隅で“運命神の加護”の表示が静かに輝いた。
(そうか、あの○○の加護というのは運命神様のものだったのね)
窓の外はまだ朝の手前、尖塔の輪郭が夜の濃度で塗られている。
耳を澄ますと、遠くで始業の合図が一度鳴り、眠っている町が身じろぎを返した。
「カロリンには……伝えよう」
胸の奥で、誓いが形を持つ。家族に必ず再会すること。
この町の人たちを、教会の物量と制度から守ること。
そして目の前で起きているこの状況をまずはなんとかしてみよう。
神との会話で、
実佐は家族との再会という微かな希望を抱きながら決意を再確認したのであった。




