第八話 教室の外
梶原の血まみれの死体。
教室内の空気が重く凍りつき、誰もがその死体をじっと見つめるしかなかった。
「で、でもこいつ、自分だけ逃げようとしたんだろ? 卑怯すぎる男の顛末だよ」
そんな声が、どこからともなく上がった。
梶原の死には、誰もが複雑な思いを抱いていた。
それが彼の評判の悪さを物語っていた。
「おい!」
源喜が苛立たしげに声を上げ、教室内の空気が一気に引き締まる。
「梶原先生はこのサークルのOBで、こいつがいなかったら名古屋で天下のNGYラジオのイベントも、鈴森スキー場でのゲレンデラジオもできなかっただろ? それにみんなの就職斡旋や繋がりも作ってくれたじゃねえか!」
しかし、その言葉は冷ややかな空気を呼び起こすだけだった。
梶原がどれだけ重要な存在であったとしても、その陰湿な手段で生徒たちを操作していたことは、誰もが知っていた。
源喜の父親が県会議員であることは有名であり、梶原が源喜を贔屓していたことも皆が気づいていた。
その関係が明らかになると、梶原に対する嫌悪感がさらに深まる。
「お前はいいよな……パパと先生と、いろんな後ろ盾があってさ……」
作花真威人が吐き捨てるように言った。
彼の顔には怒りと深い嫉妬が浮かんでいた。
「俺だって梶原先生の繋がりでロニーレコード会社の内定もらったけど、そっちはNGYラジオの大元、TOKFMの内定だろ? くそっ、裏口就職じゃねえか!」
真威人の声には、怒りが滲んでいた。
彼の内心では、源喜が手に入れた特権的な道に対する反発が渦巻いている。
「お前の実力不足だよ。そんな顔してるからだろ? アナウンサーは顔が命ってな……まぁ、せいぜい下っ端の雑用で頑張れよ。」
源喜は軽く肩をすくめ、真威人を挑発するような言葉を放つ。
その言葉に、真威人の手が震える。
鉄パイプを握りしめた手が、無意識に振り上げられ、源喜に向かって振り下ろされそうになる。
「お前……!」
真威人の顔が歪み、怒りがこみ上げてくる。
しかし、その手は動かない。
倫理観が彼を制止しているのだろうか。
それとも、源喜の冷徹な表情に圧倒されているのだろうか。
スダは、その様子をじっと眺めながら、口元を歪めた。
「いいですね、その調子ですよ。もっとやり合ってください。素晴らしい見世物だ。」
その言葉に、教室の女子たちはさらに怯え、泣き崩れている者もいる。
スダの目の前で繰り広げられる怒号と緊張の中、彼の冷徹な目は何も感じていないように見える。
梶原の血まみれの遺体は、ほんの一瞬だけみんなに見せられたものだったが、その惨状はひどかった。
顔は歪み、血に染まったその姿に、全員が恐怖と動揺を覚えた。
だが、それでも梶原の顔には間違いがなかった。
その証拠に、遺体には彼がサークル内で築いてきた地位の跡が残っていた。
ハルキは目をそらすことができず、梶原の上に被せられた黒い布を見つめ続けた。
彼の心には、梶原に対する複雑な思いが渦巻いていた。
彼自身も、梶原の支配的な態度に不快感を覚えていたが、今この瞬間に感じる恐怖の方がはるかに強かった。
「もう嫌だ……嫌だ!」
その時、教室の隅にいた尻山湯治が突然叫び声を上げた。
ケツというあだ名で呼ばれている彼が、パニックを起こしたように、手に持っていた短刀を床に投げ捨てた。
教室内に緊張感が漂う中、尻山は扉に向かって走り出した。
「扉、この扉……ここから出られるかも!」
尻山は必死に扉の取っ手を掴み、ガチャガチャと扉を必死に開けようとする。
「孤島だとか言われたけど、外に船があれば逃げられるんじゃないか!」
その言葉に、教室内の一部が一瞬だけ希望を感じた。
もしも本当に逃げることができるなら、この恐怖から解放されるかもしれないと。
だが、誰も彼を手伝う者はいなかった。
他に数人が尻山に続き、さらに毎度胡桃が立ち上がる。
彼女は最初、じっとしていたが、ようやく意を決したように声を上げた。
「私も帰りたい!!! 早く帰りたい!!!」
獅子頭常も加わる。
彼は体格が大きく、力も強いが、それでも扉に手を添えてもびくともしない。
「誰か、手伝ってよ!!!!」
胡桃が叫ぶが、誰も動こうとはしない。
空気がどんどん冷たくなっていく。
そして――
ようやく扉が開いた。
尻山が強引に先頭に立ち、扉を開ける。
「どけ!!! 俺が先だ!」
尻山が叫びながら、胡桃や獅子頭を突き放して扉をぐいっと開ける。
その瞬間、スダが冷徹な笑みを浮かべながら、ゆっくりと呟いた。
「あら……行っちゃいますか」
そして、その向こうに尻山が顔を突き出した瞬間――
ばしゅっ!
鈍い音が教室に響き渡った。
教室の空気が一瞬にして凍りつき、誰もがその音を反芻するかのように固まった。
突然の出来事に、誰もが声を失った。
尻山の首が飛んだ瞬間、血しぶきが教室の床に広がり、その場が赤く染まる。
胡桃の顔や服にも血が飛び散り、その衝撃に耐えきれずに崩れ落ちるように失神した。
「うわああああああ!!」
「ぎゃあああああああ!!!」
絶叫が教室中に響き渡る。誰かが椅子を倒し、誰かが壁際まで後ずさる。しかし、その混乱の最中——
「うああああああ!!!」
今度は獅子頭常が叫び声を上げた。尻山の死に動揺していた彼は、バランスを崩して扉の向こうへ足を踏み出してしまっていたのだ。
——ばしゅっ!!!
その瞬間、彼の首も吹き飛んだ。まるで刃物で一気に輪切りにされたかのように、頭が宙を舞い、床に落ちる。その胴体はしばらく痙攣を繰り返しながらも、数秒後には力なく崩れ落ちた。
再び、血が広がる。
今度は、扉の前が真っ赤に染まる。
「ひっ……!」
「嘘だろ……?」
誰もが息を呑み、身動き一つ取れない。教室の空気が一瞬で冷え切り、静寂が支配する。その中に、かすかな息遣いや嗚咽が響き渡るのみだ。
黒服の兵隊たちは、無感情な顔で遺体に黒い布をかけていく。その姿が、ますます恐怖を募らせる。
何も感じていないかのように、兵士たちは尻山と獅子頭の遺体を扱い、教室に新たな恐怖をもたらしていた。
その光景を眺めながら、スダはゆっくりと口を開いた。
「ああ、言い忘れてましたね」
彼の声は、まるで日常の会話のように淡々としている。教室内の全員が、少しも安心できる隙間を見つけることができなかった。
「先ほどお伝えしたと思いますが——教室の中で行動してください、と。
外に出ようとしたら、首輪が爆発する仕掛けになっています」
その言葉が響いた瞬間、教室内の空気はさらに重く冷たくなった。
尻山と獅子頭が死んだ理由が、ようやく理解される。その瞬間に、すべての学生の顔が絶望に染まった。
「そ、そんな……」
「出ただけで……こんな……」
座り込んだまま震える者、机の上で顔を覆う者、歯を食いしばりながら涙をこらえる者——。
だが、スダはそんな彼らの様子には一切の関心も示さず、尻山の遺体を軽々と飛び越えると、開いたままの扉を冷静に閉めた。
「扉はきちんと閉めておかないとね。」
彼はそれを言いながら、ゆっくりと振り返った。
「学校で習いませんでしたか?」
その言葉は、まるで冷酷な教師が生徒を叱るかのように響いた。
教室の中で、誰かがかすかに呟く。
「……結局……あいつらも無駄死にだよ」
その声はすぐにかき消され、再び教室内には冷たい沈黙が支配した。
静寂の中——
突如、耳障りな電子音が教室に響き渡る。
——ぴぴぴぴっ!!!
その音が、全員の神経を鋭く尖らせる。
次の惨劇が、すでに幕を開けようとしていた。
学生たちは、恐怖と共に一気に顔色が変わる。
その音が意味するものを、誰もが直感的に感じ取っていた。
そして——
ぴぴぴぴぴっ!!!
デジタル時計が再びカウントダウンを始める。
残り時間:10時間25分43秒
時間が無情に刻まれ、教室の中での命の価値が瞬時に消失した。
この恐怖と絶望の中、すべての選択肢は奪われ、ただ一つの結末が待っているだけだ。
「次は誰かな?」
スダが冷たく呟き、その声はさらなる恐怖を教室中に撒き散らす。
誰もが震えながらその時計を見つめ、逃げ場のない現実に囚われていた。
教室内の緊張感はさらに強まり、誰もが次に起こるであろうことに恐怖と絶望の色を濃くしていった。