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第七話 忘れられた存在



「あ……他のみなさんは装備は確認しましたか?」


 スダは平然とした口調で、まるで日常会話のように言った。しかし、その言葉が放たれると、教室内にいた全員がそれどころではないことを痛感した。空気は重苦しく、静寂の中で誰もが恐怖に飲み込まれていた。


 誰からともなく、恐る恐る手にしたナップサックを開け始める者たち。

 その中には、包丁やカッター、髭剃りの替え刃、トンカチ、キリなど、即席の武器としては到底頼りないものばかりが詰め込まれていた。どれも使い古され、錆びついていて、切れ味も怪しい代物だった。


「なんだよ、使い古しかよ……兵隊は拳銃とか持ってるってのに」


 誰かが呟いた。視線は無意識に兵士たちが手に持つ銃に向けられる。それは、間違いなく本物の銃。

 トイガンやレプリカではなく、精密に作られた殺傷力を持つ武器だった。しかし不思議なことに、兵士たちはまだ一度もその銃を発砲していない。


 その事実が逆に不気味で、誰もが息を呑んでいた。兵士たちは、まるで「その時」ではないと言わんばかりに、沈黙を守り、冷徹な視線を向け続けている。


 そんな中で、ひときわ絶望的な表情を浮かべていたのは、真威人まいとだった。


「反対にこれで殺そうとしても時間かかるし……これで叩かれたら……痛いだけ……即効性はない」


 彼は震える手で、目の前に置かれた草刈り用の鎌を見つめていた。それもまた、芝生の切れ端がこびりついた使い古しの鎌で、明らかに戦うためのものではなかった。


 そして、さらに深い絶望がハルキに襲いかかっていた。彼の手に渡ったのは――縄跳びだった。


 それもピンク色の、子供用のもの。グリップ部分は擦り減り、ゴム紐もところどころ切れかかっており、どう見ても武器とは言えない代物だった。


「こんなんでどうやって……」


 ハルキは呆然とその縄跳びを見つめる。源喜がからかうように笑いながら言う。


「ハルキにはお似合いだけどね?」


 その言葉に、他の数人もつられるように笑い出した。ハルキは言い返すこともできず、ただ俯くしかなかった。サークル内での「いじられ役」としての立場が、こんな場でも変わらないことを痛感していた。


「フェアじゃないわ……こんなの、みんな武器を捨てましょう。差がありすぎる。」


 その時、葉月が剣山を手にしながら強く訴えた。だが、その剣山も使い物にならなさそうで、誰も真剣に受け止めることはなかった。



「そんなことしてたら、あっという間に12時間が経つぞ。それで全員死ぬんだ」


 源喜が鼻で笑いながら言う。彼の声には嘲笑が含まれていた。


「まだ時間はかなりあるわ。それでも、みんなで助かる方法を考えましょう!」


 葉月の言葉に影響されたのか、次第に他の者たちも手にした「武器」を床に置き、もとの立ち位置に戻り始めた。だが、重苦しい空気は変わらない。


 その時、サークル長の雫が何かに気づいたように顔色を変えた。



「ちょっと待ってみんな……気づかなかった……?」


 一瞬、教室中の視線が彼女に集まる。みんなが息を呑んで彼女の言葉を待った。


 「どうしたんだよ……リーダーがそこで動揺していいのか?」


 源喜が再び金属バットを握りしめ、皮肉っぽく言った。


 雫は深く息を吸い込み、震える声で言った。


「……先生がいない。梶原先生が……」


 その言葉に、一同はハッとしたように動きを止める。


「あいつだけ逃げたんじゃね?」


「卑怯だよな。梶原ってそういうとこあるし」


 男子たちの間から軽蔑混じりの声が上がるが、誰もその場で動こうとはしなかった。教室内に、疑念が広がる。


 すると、スダが冷淡な笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。


「そうですね。実は彼が最初に目を覚ましてしまいましてね……

 催涙ガスの濃度を上げたんですが、どうも効き目が弱かったようで」


 その言葉を聞いた瞬間、ハルキは何かを思い出す。梶原先生は女子には丁寧で親切だったが、男子、特に自分のような弱い立場の生徒には横柄な態度を取っていたことを。何度もタメ口で指図された記憶がある。


 スダは話を続ける。


「それで、立ち向かってきたんですよ。んでー、結果として、こうなりました」


 スダはゆっくりと掃除用具入れを開けた。その瞬間――


 そこから転がり出たのは、血まみれの梶原先生の遺体だった。


 教室中に悲鳴が響き渡り、恐怖と絶望がピークに達する。誰もが硬直し、目を見開いてその恐ろしい光景を見つめていた。

 遺体の顔は血の気を失い、死後硬直が始まっていた。梶原先生の姿は、もはや人間のものとは思えない。


 スダは遺体を一瞥し、何事もなかったかのように、掃除用具入れの扉を静かに閉めた。


 「……こうなりました」


 その一言が、教室の空気を一層凍りつかせる。


 兵士たちが動き、再び黒い布を広げ、梶原の遺体に覆いかぶせた。その音だけが、異様に大きく響いた。


 教室には死と恐怖の空気が濃密に充満し、すべての生徒たちはその冷徹な現実を受け入れざるを得なかった。


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