第五話 武器支給
「……祥子……祥子……」
さっきまで彼女を冷ややかに見ていた女子たちも、倒れた祥子の姿を前にして、次第にその死を受け入れざるを得なくなっていた。
馬場芽美は、その中でも一番の仲良しだった。
震える手で黒い布の上から祥子の体を揺さぶり、必死に呼びかける。
「祥子……ねぇ、嘘でしょ……? 起きてよ……っ!」
その声はかすれ、涙が頬を伝っていた。
「芽美、もう無駄よ……」
サークル長の原沢雫が、そっと肩に手を置く。
彼女自身も動揺しているはずなのに、部員たちを落ち着かせようと努めていた。
しかし、芽美は祥子の遺体を前にして、ただ呆然とすることしかできなかった。
「……オーストラリアなんて聞いてないし……」
小さく呟いたその言葉は、彼女自身が知らなかった事実への驚きと裏切りの感情を含んでいた。
そう――芽美は、祥子のオーストラリア旅行の計画を聞かされていなかったのだ。
彼女は岐阜の山間部で生まれ育ち、裕福とは言えない一般家庭の出身。
当然、オーストラリアなんて高額な卒業旅行に参加できるはずもなかった。
むしろ、今回の山梨の格安旅行には、誰よりも喜んでいた一人だった。
「みんなで最後に楽しい思い出を作れる」と、心から思っていたのに――。
「……楽しみだねって……いい思い出ってさ……言ってたのよ……」
芽美の声が震える。
「それに、私も本当は……サークルじゃなくて……祥子と二人で行きたかったの……」
その言葉に、教室内の空気が微かに変わる。
彼女の悲しみに同情する者もいれば、呆れたようにため息をつく者もいた。
そして――。
「バカじゃないの」
冷たい声が響いた。
谷津レナミ《やつれなみ》が鼻で笑い、鋭く言い放つ。
「祥子って、ほーんとに見栄っ張り女。今さら同情しても仕方ないでしょ?」
その口調には、一切の哀れみがなかった。
「てかさ、芽美も結局、祥子といたのは、お金持ちのおこぼれが欲しかっただけじゃないの?」
「……っ!」
図星だった。
芽美は何も言い返せず、唇を噛みしめる。
教室内の空気はますます不穏なものへと変わっていく。
パンッ!
突然、スダが軽く手を叩いた。
「さてさて、次に進みましょうか」
黒板の前へと戻るスダ。
まるで、たった今人を殺したことなど何でもないことのように。
その異様さに、学生たちはさらに恐怖を募らせる。
「先ほどの刃物は、わたくしの護衛用のものでしてね。
ちょっとうるさかったので……ついカーッと来て、チョークのつもりがそれでした」
そう言って、スダはその場で一周し、軽くジャンプする。
「安心してください、何も持ってませんよ」
――どこかで聞いたことのある芸人の口調だった。
だが、誰一人笑わない。
笑えるはずがなかった。
「ちなみに、みなさんの身体を調べたところ、何も持ってませんでしたが……
スマホは入っている人もいましたね。まあ、圏外だから関係ないでしょうけど」
スダはネクタイを整え、余裕の笑みを浮かべる。
そのとき――。
「……あの!」
ハルキが恐る恐る手を挙げた。
「はい、ハルキくん。 そうです、発言のある方は手を挙げてくださいね。
模範生ですねぇ」
スダが皮肉げに笑う。
その言葉に、源喜と時雄がクスクスと笑った。
「模範生だってよ。ただの真面目くんじゃん」
「バカ真面目ってやつ」
ハルキは下唇を噛みしめるが、なんとか気を取り直し、スダに向かって話を続けた。
「……あ、あの。今夜僕らが泊まるはずだった宿には……連絡……」
緊張のせいで声が震える。
その様子に、さらに冷笑する者たち。
だが、スダはハルキをじっと見つめ、にこりと笑った。
「ああ、大丈夫ですよ。もう連絡はしてあります」
「……は、はい……よかったです。でも、当日キャンセルは全額にプラスアルファで……」
ハルキは安堵しつつも、キャンセル料のことが気になっていた。
「おいハルキ、キャンセル料と足が出た分はお前支払いだよな?」
時雄が軽く笑いながら言う。
「えっ……?」
「だってバイト掛け持ちしてるって言ってたじゃん。それくらい払えるよね? あ、でも親への仕送りだっけ? 無理かぁ……はぁ」
ハルキは唖然とする。
そんな中、スダが再び手を叩いた。
「大丈夫です。 当日キャンセルでしたが、キャンセル料は払わなくてもいいんです」
その言葉に、教室内は一気に安堵の空気に包まれた。
――が。
「手荒な真似をしましたが……山火事に見せかけて、山の中の旅館、今大炎上してますから」
「………………え?」
今度こそ、教室の中は完全に静まり返った。
数秒の沈黙のあと、誰かが震える声で呟く。
「……え……じょう、だん……ですよね?」
スダは、ふっと微笑みながら、肩をすくめる。
「冗談を言う場面に見えますか?」
誰も、言葉を発することができなかった。
祥子の死に続き、旅館までもが跡形もなく消された。
それはつまり――もう、帰る場所がないということだった。
教室には、冷たく、絶望的な沈黙が流れ続けた。