第四話 裏切り
「どういうことよ、祥子!」
祥子の突然の告白に、教室内の部員たちは一斉にざわついた。
なぜここでそんなことを言い出すのか。
そもそも、彼女はなぜこの旅行に参加したのか?
祥子は涙をこぼしながら、震える声で訴えた。
「……他の友達とオーストラリア行く予定だったの! そっちだけにすればよかった! 山梨なんて来なければ……!」
彼女の言葉に、学生たちは戸惑いの表情を浮かべた。
確かに、祥子は比較的早く地元のケーブルテレビの内定をもらっていた。
滋賀から名古屋に出て一人暮らしをしていたが、実家は地主で、山をいくつも所有するほどの裕福な家柄。
本人は自慢しているつもりはないのだろうが、日常会話の端々に育ちの良さがにじみ出ていた。
その交友関係の広さも、裕福さゆえのものだろう。
オーストラリアへ行く予定の友人たちも、サークル外の上流層の知人たちだったのかもしれない。
そして、サークルに入ったのもアナウンサー志望だったからだが、実際は親のコネで内定を得たことを、ほとんどの部員は知っていた。
だからこそ、今回の彼女の発言に対しても、驚きというより、呆れに近い感情を抱く者が多かった。
「また始まった」と、冷めた視線を送る者もいた。
祥子は、それに気づかないまま、さらに愚痴をこぼし続ける。
「しかも格安旅行……! おんぼろで狭いバスで腰も痛いし……!
今夜泊まる宿もボロボロで……!」
その言葉に、数人の女子が互いに顔を見合わせる。
――ああ、やっぱり。
普段から彼女のお嬢様気質に疑問を持っていた女子たちは、表面上は仲良くしていたものの、心の中では快く思っていなかった。
サークル活動中に、祥子の実家からの高級スイーツをもらったりすることもあったが、どこかで「見下されている」と感じることがあったのだ。
そんな祥子の言葉に、ついに権野源喜がニヤリと笑いながら呟いた。
「いや、今回の宿とったのハルキだろ」
その瞬間、教室の視線が一斉にハルキへと向けられた。
ハルキは全員の視線を集め、困惑した表情を浮かべる。
ぎこちなく後ずさりしながら、震える声で口を開いた。
「……ごめんなさい……でも、みんながそれでいいって言ったから……
それに、急に決まって、条件に合う宿なんて、あそこくらいしか……」
事実だった。
幹事を押し付けられたハルキは、内定も決まらず焦りながら手配を進めていた。
旅行のプランを決めるとき、メンバーたちから無茶な条件を出されていた。
「安いこと。」
「美味しいご飯。」
「カラオケもある。」
「温泉がある。」
そのすべてを満たす宿泊先など、限られていた。
必死に探した末に見つけたのが、安いツアーパッケージと、古びた温泉宿だった。
「そんな言い訳、通用するか!!」
突然、源喜が怒鳴った。
彼は勢いよくハルキの胸ぐらを掴む。
「祥子がああ言ってんだからよ、お前が責任取れよ。こんなふうになったのもお前のせいだ!!」
教室は静まり返る。
その間も、祥子はヒステリックに泣き叫び続けていた。
そして――
ダンッ!!!
大きな音が教室に響いた。
全員がその音の方へ視線を向ける。
そこにいたのは――スダだった。
彼の足元には、先ほど持っていた台帳が床に落ちている。
どうやら、彼はそれを投げつけたようだった。
そして、低い声で静かに言った。
「うるさい。まだこっちが説明してるところでしょうが」
その声は、まるで凍てついた刃のように鋭かった。
スダはゆっくりと顔を上げた。
「……ほう?」
台帳を拾い上げながら、視線を祥子へと向ける。
「名津祥子さん……ですね」
祥子の顔が、強張る。
スダは指先で台帳をなぞりながら、静かに呟いた。
「じゃあ、あなたが最初の見本になりましょうか」
その言葉が響いた、次の瞬間――。
ザシュッ!!!
何かが飛んだ。
そして、それが祥子の額に突き刺さった。
「きゃああああ!!!」
耳をつんざくような悲鳴が教室に響く。
ナイフだった。
それも、刃渡りが包丁よりも大きい、異様な形をしたナイフ。
祥子の体が、力なく床へと崩れ落ちた。
血が、どくどくと流れ出す。
教室の床を真っ赤に染めながら。
源喜は驚きのあまり、ハルキの胸ぐらを掴んでいた手をぱっと離した。
教室の空気が、完全に凍りつく。
誰もが言葉を失い、震える手で口を塞ぐ。
祥子の体は、ぴくりとも動かない。
彼女の額に深く刺さったナイフが、まだそこにある。
そして――。
壁際の兵士たちが動いた。
彼らは無言のまま、黒い布を広げると、それを祥子の体に被せた。
――まるで、死体処理に慣れているかのように。
黒い布の下に、祥子の体が完全に隠れる。
そして、兵士たちは何事もなかったかのように、元の位置へと戻った。
スダは、静かに微笑んだ。
「もう、ゲームは始まっているんですよ」
そして、教室の壁に埋め込まれていたデジタル時計が、カウントダウンを始める。
残り時間:11時間00分00秒
――すでに、1時間が過ぎていた。
死のカウントダウンは、もう止まらない。
「急がず慌てず。まだまだありますよ」
スダは天井を仰ぎ、薄く笑った。
「さあ、残り時間を有意義に使ってください。ね?」
恐怖の幕が、ゆっくりと降り始めていた。