第三話 スダ
「12時間……以内?」
ハルキは思わず呟いた。
12時間以内に一人になる――。
その意味を考えたくなくても、考えずにはいられない。
ハルキは時計ではなく、スマホを取り出して時間を確認しようとした。
しかし、画面を開いた瞬間、圏外になっていることに気づく。
「……くそっ」
思わず歯を食いしばる。
周囲でも、他の学生たちが次々とスマホを取り出し、同じ状況に陥っていることに気づいた。
「圏外だ……」
「電話もネットも繋がらない……」
「これ、完全に通信遮断されてるってこと……?」
不安げな声が、徐々に広がっていく。
「そもそもここはどこだ。山梨……じゃないよな」
塩谷時雄が窓の方へ向かおうとするが、その前に分厚いカーテンが閉められており、さらにその前には兵士が立っている。
「……開けられないのか」
塩谷はため息をついた。
その隣で、獅子頭常が低く呟く。
「……これはどこかの廃校か?」
その言葉に、改めて教室を見回す者たちが増えた。
確かに、ここは学校のように見える。
だが、蛍光灯は不規則に点滅し、壁の染みが広がり、床には砂ぼこりが溜まっている。
お世辞にも、普通の学校とは思えない。
――ここはどこなんだ?
不安が、教室全体をじわじわと侵食していく。
一方で、先ほど動き出した兵士たちは、再び壁際に戻り、ぴたりと静止している。
まるで、何かの指令を待っているかのように。
「映画で見た殺し合いゲームは、確か孤島で行われていたけど……このゲームもそんな感じなのか」
「名古屋から山梨……その間にどこかの島に運ばれたのか?」
「おい、もしかしたら島じゃなくて……どこかの山とか?」
様々な憶測が飛び交うが、確証はどこにもない。
ハルキのすぐ近くでは、厚目葉月が小さく震えていた。
涙をこぼしながらも、必死に呼吸を整えようとしている。
ハルキは、彼女の背中をさすってやりたかった。
でも――できなかった。
自分の体も、震えていた。
葉月が泣くところなんて、ほとんど見たことがなかった。
せいぜい、サークルのイベントが成功して、歓喜の涙を流した時くらいだ。
こんな苦しそうな表情は、今まで一度も見たことがなかった。
教室のあちこちで、嗚咽をこらえきれず泣き始める女子もいる。
けれど、ハルキの視界には葉月しか映らなかった。
――それほどに、彼は彼女のことが好きだった。
「……さて」
静寂を破るように、男が教室の中央へと歩み出た。
ツンと上を向いた鼻で軽く笑い、ゆっくりと口を開く。
「あなたたちは映画やゲームの影響を受けすぎですよ」
不敵な笑みを浮かべながら、淡々とした声で続ける。
「いや、今の若い世代なら、映画よりショート動画ばかり好んでますよね?
タイパ重視で、長いものは見ないと聞いていますが?」
……何の話だ?
場違いな話題に、誰もが困惑する。
だが、男のその余裕のある態度こそが、教室の不安感をさらに煽っていた。
「だからといって、これはさくっと終わらせられるものじゃありません。
時間はまだありますので、焦らないでくださいね」
男が淡々と語るたびに、学生たちはじりじりと後ずさる。
その瞬間――。
男は少し姿勢を正し、無表情のまま、自己紹介を始めた。
ゆっくりと胸に手を当てる。
「申し遅れました」
冷たい声が、教室に響く。
「わたくしはスダです」
――スダ?
「スダさん、とでもお呼びください。
あくまでもここでは、あなたたちはわたしの生徒、
そしてわたしは先生でありますからね」
静まり返る教室の中、スダはゆっくりと台帳を開いた。
それは、教師が持つ出席簿のようにも見えた。
「あと、皆さんの名前やプロフィール、すべてこちらで把握済みです」
その冷たい宣告に、教室の空気は一層、緊張感を増していく。
「すーべーてーです!」
なんとも誇張した言い方だったが、誰も笑わなかった。
「で……それからー」
スダが話を続けようとした、その時――。
「いやよ!」
突然、強い声が教室内に響いた。
全員の視線が、一斉に声の主へと向かう。
――それは、名津祥子だった。
彼女は震える拳を握りしめ、スダを睨みつけていた。
「わたし、このサークルで卒業旅行やめようって思ってたの」
静寂の中、その言葉だけが重く響いた。
祥子の表情は、怒りと恐怖が入り混じったようなものだった。
「こんなことになるなら……!」
彼女の声が震える。