第二話 単純なルール
「死にます、って……?」
ハルキが小さく呟いた。
その言葉は、重く、鈍く、教室に響いた。
周囲からはどよめきが広がる。当たり前だ。知らない場所で、正体不明の男から、そんな宣告をされれば、誰だって混乱する。
「もしかして……寝てる間にバスが事故って……ここって、死後の世界?」
最初に声を上げたのは、谷津レナミだった。
長い黒髪を揺らしながら、不安げに周囲を見回す。彼女の言葉をきっかけに、女子たちの間で騒ぎが広がった。
「死後の世界? そんな……!」
「いやいや、そんなこと……」
「でも、じゃあなんなのよ、ここ……?」
恐怖に震える声が次々に飛び交う。
そして、さらに異変が起こった。
「な、なにこれ……首輪?」
今度は、馬場芽美が震える声を上げた。
その瞬間、他の学生たちも自分の首元に違和感を覚え、慌てて手を当てる。
冷たい感触。
微かに機械音を発する異様な装置。
――鉄の首輪だった。
「嘘……こんなの、いつの間に……!」
「取れない……!」
「これ、マジでやばいやつじゃん……!」
教室の空気がさらに不穏なものへと変わる。
尻山湯治が恐る恐る言った。
「……何かの殺し合いゲーム?!」
その瞬間、教室内が凍りついた。
尻山はゲームオタクだ。普段は口数が少ないが、こういう場面では妙に鋭い発言をする。
彼の言葉が引き金となり、仲間たちの憶測が次々と飛び交う。
「殺し合い?! バカを言え……!」
「いや、でも……バスに乗ってる間に睡眠ガスとかで眠らされて、どこかの島に連れてこられて……」
「そんで、こういう首輪をつけられて……最後の一人になるまで生き残るゲーム!」
「マジかよ、映画とかゲームであるやつ……!」
「敷地内を越えたら、首輪が爆発することもある……!」
「爆発?!」
その言葉に、学生たちの顔色が一気に変わった。
――首輪が爆発する?
――死ぬのか? ここで?
首輪を触っていた者たちが、恐る恐る手を離す。不気味な機械音が、静寂の中に響く。
「……いや、それって映画とかゲームの話だろ? 冗談に決まってる」
「そうよ、そうよ! そんなはずはない!」
「だって、私たちは山梨のホテルに向かってたのよ?!」
もはや教室内は混乱の渦だった。
「これって何かのアトラクションじゃね?」
「……ホテルのイベント……まさかぁ」
誰もが真実から目を背けようとした。
しかし――。
「はい、そこまで。静かに」
先ほどから無表情のまま立っていた黒服の男が、淡々とした声で言った。
そして、その瞬間――
教室の隅に並んでいた無数の人形のような兵士たちが、一斉に動き出した。
「……!」
学生たちの間に、張り詰めた緊張が走る。
兵士たちは無言のまま、全員に銃口を向けてきた。
「……!!」
誰かが悲鳴を上げる。それが引き金となり、教室中が一気にパニックに陥った。
学生たちは本能的に、教室の中央に固まり、兵士たちの動きを警戒する。
――何だ、こいつら……!?
――ただのマネキンじゃなかったのか!?
黒服の男は、そんな彼らを冷たい目で見下ろしながら、再び口を開いた。
「騒がずに、しっかり聞いてください」
その口調は、まるで教師のように穏やかだった。
「あなたたちは、小学校、中学校、高校、そして大学……就職も決まって、春には社会人ですからね」
誰もが息を呑む。
「まぁ……一人はまだ決まってないけど」
そう言って、男は僅かに口角を上げた。
教室の中から、クスクスと小さな笑い声が聞こえる。
ハルキは歯を食いしばる。
そう、彼だけは、まだ内定をもらえていなかったのだ。
「お静かに」
男が少しだけ声を強めた瞬間、兵士たちが一斉に銃口をさらに近づけた。
「……っ!」
全員が息を呑む。
教室には、恐怖に震える空気だけが残った。
そして――。
「このゲームのルールは簡単です」
男は、まるで淡々と授業を進める教師のように言った。
「12時間以内に、一人になればいい」
――一人?
「それだけです」
静寂が、教室を包んだ。
そして、最後に――。
「一人は、助かります」
その言葉と同時に、教室の温度が一気に下がるのを、誰もが感じた。
――これは、現実なのか?
――いや、現実なんだ。
ここにいる中で生き残れるのは、たった一人。
このゲームは――本物の死のゲームだった。