第十八話 残り
スダが静かに微笑みながら、皆に問いかける。
「そういえば、何か質問はありますか? みなさん、勝手に殺し合っちゃうから、説明する暇がなくて……」
その軽い調子に、源喜が苛立ちを隠さずボソリと呟いた。
「早く言えよ……」
ハルキが周囲を見渡しながら手を挙げる。
「なぜ教室なんですか? しかも、小学校とか中学校みたいな……僕たち大学生なのに。あと、外はどうなってるんですか?」
スダは肩をすくめ、飄々と答える。
「質問多めですね。まぁ、なんでもよかったんですけど、デスゲームって、教室……って感じがするじゃないですか? あと予算的に、大学みたいな大きな講義室は無理でしたね。……ちなみに、外のことは、生き残った人しか分かりません」
その答えに何かを察したように、華子がふっと小さく笑った。
「予算……デスゲームも結構お金かかるんだ」
全員が彼女に注目する中、華子は気にする様子もなく、さらに低く静かな声で続ける。
「結局、そんなもんよね。このゲームも、この部活も。みんな、表面だけ取り繕って、仲がいいフリしてただけ。本音では、誰が誰をどう思ってたかなんて分からない。所詮、仲良しごっこよ」
その冷たい言葉に、教室内の空気が凍りつく。
スダが華子に軽く拍手しながら、追い打ちをかけるように口を開いた。
「さすが華子さん、鋭いですねぇ。まぁ、誰しも秘密を抱えています。それがバレなければ、何事もスムーズにいく……社会でもそうです。ですが、秘密が露見したらどうなるか――大惨事。この教室がまさにその答えです」
血の匂いが充満する中、葉月が震える声を絞り出す。
「……じゃあ、この残った六人……あとは何が……私は……誰も殺す気にはなれない。恨んでもないわ……」
その言葉に源喜が強い声で割って入る。
「俺は……美鶴はどうでもいいとして、全員生きて帰る!」
スダがその発言にクスリと笑う。
「出た、ジャイアン発言ですね」
「うるせぇよ!」源喜が噛みつくように返すと、スダはわざとらしくため息をつきながらポケットから丸い物体を取り出す。
「これ、スイッチなんです。最後に一人以上生き残った場合、これを手動で作動させなきゃいけないんですよ。面倒ですよねぇ」
「貸せ!」
源喜が突進しようとするが、ハルキが咄嗟に彼を止めた。
「待て! スダが死んだら……」
ハルキの一言で、スダが死ねば全員死ぬことを思い出した源喜は舌打ちをする。
スダは冷たく微笑みながら続けた。
「でも、すぐには死にませんよ。祥子さんや胡桃さんみたいに、死ぬまで猶予があります。その間、死の恐怖を味わいながら死ぬわけです」
その言葉に、残った者たちは一斉に青ざめた。
源喜が怒りを爆発させる。
「だから、それをする理由はなんだ!」
スダはその問いに、静かに目を細めて低く呟く。
「理由なんて、皆さんのほうがよく分かっているんじゃないですか?」
スダはそんな彼らを観察するように見回しながら、再び口を開いた。
「誰かが言ったでしょう? 『秘密が露見したとき、大惨事が起きる』って。今までは誰も触れなかったことに目を向けてみたらどうですか?」
葉月はその言葉に反射的に声を荒げる。
「それを話したからこそ殺し合いが起きたんでしょ?!」
その瞬間、葉月に向かって華子が小さく笑い出した。
「……あなたはほんと余裕があるわよね……そりゃ花形アナウンサーが確約されてる……部活の中でも姫のようにもてはやされて……」
葉月はその言葉に顔色を変えた。ハルキや源喜が驚いたように華子を見る。
「華子、どういうこと……なんでこんなときに?」
葉月は困惑している。
「そうだぞ、華子……お前、嫉妬じゃないか?」
源喜が口を挟む。
しかし、華子は鼻で笑うように肩をすくめた。
「嫉妬? それはどうかしらね。でも……私には分からないの。どうして葉月だけ、みんなからそんなに愛されるのかって」
その言葉に葉月は怒りの表情を浮かべるが、反論できず、拳を握り締めているだけだった。華子は冷たく話を続ける。
「何もかも手に入れて、誰からも憧れられて、それでも、あなたはその立場を当たり前のものだと思っている。ねえ、葉月。あなたは何も知らないでしょ? 誰かを下に見ることで自分が守られているってことに、気づいてないだけじゃないの?」
葉月は反論しようと口を開きかけたが、明らかに動揺を隠しきれていない。
ハルキが慎重に声を上げる。
「華子さん、何を言ってるんだ? 葉月さんがそんなことを考えるなんて……」
だが、華子はハルキを鋭く見つめ、冷笑を浮かべた。
「ねぇ、ハルキくん。あなたって、葉月に惚れて盲信してるだけよね。分かってる? あの人が裏でどんなこと言ってたか」
その言葉にハルキはぎくりとしたが、「そんなはずはない」
と思いたい気持ちで、口を閉ざしたままだった。
教室の空気がピンと張り詰めた。
華子は葉月の顔を見据えながら、低い声で続けた。
「葉月が覚えていないのなら……私が代わりに言おうか。源喜くんにこう言ったんでしょ?『ハルキくんは少し優しくしただけでデレデレしちゃって、あの人ってちょっと気持ち悪いよね』って」
その言葉が教室中に響き渡った。葉月は完全に顔を伏せ、肩を震わせた。ハルキの顔が固まる。
「葉月……本当に、そんなことを……?」
ハルキの震える声に、葉月は答えられない。ただ唇を噛んでいるだけだった。源喜が険しい顔で葉月を睨む。
「ああ、確かに言ったな……。そんで俺たちは、ハルキを調子に乗りやがってって笑いものにした……そのきっかけを作ったのは、お前だったんだよ、葉月」
葉月は絶望したように頭を抱える。
「違うの! そんなつもりじゃなかったのよ! ただ、あの時は――」
「ただ?」
華子が冷たく笑った。
「そうやって自分だけいい子ぶって、誰かを犠牲にしてきたんでしょ? ねえ、葉月。あんた、自分がどれだけ人を傷つけてるか、本当に分かってるの?」
葉月はその言葉を否定しようとしたが、何も言えなかった。その場にいる全員の視線が自分に向けられる中、葉月の目から涙がこぼれ落ちる。
「ハルキくん……ごめんなさい……」
その謝罪に、ハルキは呆然と立ち尽くしていたが、やがて震える声で言った。
「……葉月さんがそんなことを言ってたなんて……知らなかった。でも、ああ……全部、繋がったよ。なんで僕が三年間、あんな目に遭ったのか……全部」
その言葉に、教室の空気がさらに重くなった。誰も声を出せない中、突然、椅子を蹴倒す音が響いた。
全員が驚いて振り向くと、富弥がゆっくりと立ち上がっていた。
「もういい……」
富弥の声は低く、震えていた。
「お前ら、全員……黙れ」
その手には、いつの間にか鋭いナイフが握られている。
富弥は葉月を鋭く睨みつけながら、低い声で吐き捨てた。
「ハルキの前は……ケツやオタクだとか、気持ち悪いとか言って、源喜たちにいじらせてたんだろ? それなのに、何事もなかったかのように優しい顔して……お前、それで源喜はどう思ってたと思う?」
その言葉に、教室全体が凍りつく。葉月は顔を真っ青にして立ち尽くしたままだった。
「お前の嘘っぱちが招いた結果だ……!」
富弥は怒りに身を震わせながらナイフを握り締めると、葉月に向かって猛然と駆け出した。その瞬間、源喜が葉月の前に立ちはだかる。
「源喜!」
葉月が叫ぶ間もなく、富弥のナイフが源喜の腹部に深々と突き刺さる。
「権野くん……」
葉月はその場に膝をつき、震えながら涙を流す。しかし、源喜は口から血を吐きながらもかすれた声で言った。
「ちくしょう……バカめ、お前は……何も考えなかったのか……」
「え……?」
葉月が言葉の意味を飲み込めないでいる中、富弥の表情が急に歪む。
「……っ!? なんだ、これ……?」
富弥は自分の腹に手を当てた。そこには、逆に自分の心臓近くへ突き刺さったナイフが深々とめり込んでいる。源喜が刺された直後、反射的に握り直したナイフが誤って自分に突き刺さったのだ。
「うあああああああああ!!!」
富弥はその場に崩れ落ち、目を見開いたまま息絶えた。教室は一瞬、静寂に包まれる。
源喜はその場にうずくまり、息も絶え絶えに葉月を見上げる。
「源喜くん!」
葉月は必死で源喜に駆け寄り、泣き叫ぶ。
「源喜くんっ!!! ……お願い、死なないで……!!」
しかし、源喜はわずかに笑みを浮かべた。
「……俺がどう思ってたか……? 華子が言った通りだ……ただ……お前を見てると……なんか守りたくなるんだよ……。バカだけど……お前は……」
源喜の声は次第に途切れていき、葉月の悲痛な泣き声が教室中に響く。
その様子を遠巻きに見ていた華子が、呆れたようにため息をついた。
「……なんでそこまでして源喜が葉月を守るのかしら。恋人ってわけでもないし……何なんだろうねぇ。ま、葉月さん。自分の盾、なくなっちゃったね。……あ、まだハルキがいるか」
そう言うと、華子は木刀を握り直し、ゆっくりと葉月の方に歩み寄った。
「……華子さん、やめろ!」
ハルキが葉月をかばうように前に出るが、葉月は涙に濡れた目でハルキに助けを求めるように見上げる。
「ハルキくん……お願い……助けて……」
その瞬間、教室全体にまたあのアラーム音が響き渡った。耳をつんざくような不気味な音が、緊迫した空間をさらに支配する。