第十三話 覚めて!
「次は何だ!」
源喜が声を上げると、葉月が叫んだ。
「く、……胡桃の首輪よ!」
教室の全員が胡桃の方を見る。彼女はまだ尻山が目の前で死んだ衝撃で気絶したままだった。
「葉月さん、胡桃さんから離れて!」
ハルキが焦った声を上げるが、葉月はその場を動けない。
どうすればいいのかわからず、ただ呆然と胡桃の体を抱えたまま、震える手で彼女の肩を支えていた。
胡桃の首輪のアラーム音が、耳をつんざくように鳴り響く。
それはさっき、芽美の首輪が作動したときと同じ音だった。
「おい、スダ。あれは何だよ。胡桃はまだ生きてるんだろ? なんで装置が作動してるんだ!」
真威人が怒りに満ちた声でスダに詰め寄る。しかし、他の数人はすでに胡桃から距離を取っていた。
芽美の首輪が爆発した瞬間を見ていたからだ。
スダは軽く肩をすくめ、あっけらかんとした口調で答える。
「ああ、忘れてました」
その無責任な態度に、権野が真威人の肩を掴んで引き止める。
「よせよ。お前まで手を出して、みんな巻き込んだらどうするんだ。正義感ばっかり振り回すな!」
「ルールは全部言えよ! 後出しなんてふざけてるだろ!」
真威人がこれまでに見せたことのない激しい怒りをあらわにする。
普段、ガキ大将のように振る舞う源喜が見せる表情に近かった。
それほど、この状況は全員の感情を揺さぶるほど酷なものだった。
スダは呆れるようなため息をつきながら口を開く。
「すいませんねー。説明忘れてたんですが……首輪をつけてる人が目を閉じて、かなりの時間が経つと、ゲームを放棄したとシステムが判断するんです。だから首輪が爆発するんですよ」
その言葉に全員が息を呑む。
葉月は震える手で胡桃を揺さぶった。
「ねぇっ胡桃、起きて! お願い、目を開けて!」
だが胡桃は反応しない。
アラーム音はますます大きくなり、教室の緊張は頂点に達していた。
「もしかしたら……ゲームを放棄すると……」
時雄が耳を塞ぎながらつぶやいたが、その小さな声は誰にも届かなかった。
「こんなに鳴ってるのに、なんで目が覚めないんだよっ! 胡桃!」
真威人が胡桃の元へ駆け寄ろうとする。
「やめろ、真威人!」
ハルキと源喜が声を上げて止めようとしたが、真威人は二人をすり抜け、胡桃のそばにたどり着いた。
「葉月さん、下がれ! なあ、起きろよ! まだ生きてるんだろ!」
真威人は葉月を突き飛ばし、胡桃の体を激しく揺さぶった。
「胡桃! 胡桃ぉおおお!」
鳴り響くアラーム音はますます大きくなり、教室中の空気がピリピリとした緊張感に包まれる。
周囲の人たちは耳を塞ぎながら耐えるしかない。
スダは無表情のままその光景をじっと見つめている。
「やめろ、真威人……! これ以上近づいたら……!」
ハルキが必死に声を上げるが、その声もアラーム音にかき消された。
その時――
胡桃の瞼が微かに動いた。
「ま……」
その瞬間だった――
ばしゅっ!!!
轟音と共にアラーム音は止まり、教室には一瞬の静寂が訪れる。
そして次に響いたのは――
「いやあああああああーーーー!!!」
葉月の悲鳴だった。
ハルキが駆け寄ろうとするが、源喜が素早く動き、葉月を抱き寄せる。
「見るな……葉月、お前は見るな」
源喜は葉月を守るように抱きしめ、胡桃と真威人の姿を彼女の目から隠した。
二人は黒い布で覆われ、もう動かなかった。
そこに立ち尽くすクラスメイトたちの表情は、恐怖と絶望に染まっていた。
誰もが言葉を失い、ただ震えながらその場に立ち尽くすしかなかった。
スダは相変わらず無表情だったが、ふと時計を確認すると、口元に薄い笑みを浮かべた。
「さて……次のターンですね」
胡桃の首輪が爆発し、その衝撃で吹き飛んだ彼女の頭が真威人の頭を直撃したのだ。
肉が裂け、骨が砕ける鈍い音が教室に響く。飛び散る血が壁や机を染め、数人の生徒が悲鳴を上げながら後ずさった。
真威人の体は勢いよく後方に倒れ、床に沈んでいく。その目は驚愕に見開かれたまま、口からは血が溢れ出る。
彼が胡桃の首に押し潰されるような形になったのは、皮肉としか言いようがなかった。
それが彼の致命傷となったことは明らかだった。
しんと静まり返る教室。誰もが息をのむ。
その沈黙を破ったのは、レナミの低い声だった。
「……この二人、付き合ってたんだよ」
レナミは感情を押し殺したような、冷静な声で呟いた。
誰もが一瞬、彼女の言葉の意味を理解できず、ただ彼女の方を見た。
「え……?」
ハルキがかすれた声を漏らす。
「真威人って誰にでも分け隔てなく接してたじゃん。でもさ……胡桃に対しては、なんか違ったよね」
レナミは壁にもたれながら言葉を続ける。
「たぶん、周りにはあまり明かしてなかったけど、ひっそり付き合ってたんだと思うよ」
そう言われて、ようやく皆が思い返す。
真威人と胡桃が一緒にいるところを見たことがあっただろうか? いや、ほとんどなかった。
でも、胡桃が困っている時、真威人が自然と手を差し伸べる場面は何度かあった。
それはただの優しさだと思っていた。
でも――
「だから真威人、あんなに必死だったのか……」
ハルキは彼の豹変の理由を理解し、胸の中で何かが軋むのを感じた。
今までの真威人は、誰よりも冷静で、冗談を飛ばして場を和ませるような存在だった。
それが、胡桃の首輪が作動した瞬間、別人のように叫び、行動した。
今になって思えば、当然だったのかもしれない。
彼は、大切な人を救おうとして、死んだのだ。
「へぇ、カップルだったんですか。仲良く一緒に死んだんですね」
そんな空気をぶち壊すように、スダが耳栓を外しながら無感情な声で言い放った。
その言葉は教室全体に冷水を浴びせるように響く。
「……っ!」
ハルキは歯を食いしばる。誰かが怒鳴るかと思ったが、誰も何も言わない。
「だからあのアラーム音が平気だったのか……」
誰かが呟いたが、その言葉に誰も反応を示さなかった。
爆発前のけたたましい警告音――
あれはまるで心臓の鼓動のように響き続け、皆の神経を削っていった。
でもスダは、最初から耳栓をしていた。
だから、あの狂気じみた音の中でも平然としていたのだ。
ハルキは拳を握りしめ、スダを睨んだ。
「……なあ、このゲームの目的はなんなんだよ? 答えろよ!」
源喜が葉月を抱きしめながら、スダに向かって怒鳴る。
葉月の顔は蒼白で、今にも意識を失いそうだった。
彼女の服は胡桃の血でべっとりと染まり、震える指がその汚れを必死に拭おうとしていた。
スダはそんな彼女を一瞥した後、肩をすくめる。
その彼の態度に、怒りがこみ上げる。
「ふざけるなよ……」
ハルキが低く呟く。