第十二話 女剣士の抑制
短い木刀を振りかざして雫の頭を叩きつけたのは、剣道有段者の椿華子だった。
その一撃に雫は膝から崩れ落ち、カッターを手放した。
あまりの突然の出来事に誰も止められなかった。
「華子……なんで?」
雫は苦しげに顔を歪めながら華子を見上げる。頭からは血が流れていた。
普段は控えめで目立たない存在の華子だったが、その目は普段よりも鋭かった。
「あなたがクソ真面目な部長だからよ、雫。ずっと自分の正しさを押し付けて、みんなを支配しようとしてた。その結果がこれ……はぁ」
木刀を握りしめたままの華子の声は静かだったが、その中に強い怒りが感じられた。
雫は震える声で反論しようとする。ガクガクと震えが止まらないようだ。
「私は……ただ、ただ……部長として、みんなを守りたかっただけなの……」
しかし華子はその言葉を聞き流すように続けて言う。
「守りたいなら、まずは自分のやり方が正しいかどうか見直すべきだったね。でも……もう遅いよ、雫」
教室内は完全に凍りついていた。梨々花は布に被さった星華の亡骸を抱きしめたまま泣きじゃくり
「もう勝ち残ってもひーくんも星華もいないなんて! そんなの嫌っ!!!!」
自分のナップサックに入ってたフルーツカッターで首を自ら切った。
「梨々花!!!」
梨々花は星華の上に倒れ込み
「……だあいおあかたあながわさがががが」
何ともいえない声を出して絶命、それと同時に布被せられた。
ハルキや真威人も動けずにただ状況を見つめていた。
華子は木刀をそっと床に置き、ため息をついてその場に腰を下ろした。そして震える雫を冷たい目で見つめながら言葉を続けた。
「これ以上、無意味な争いはやめよう。部長として……本当はそれをあなたが言うべきだった」
その言葉に、雫はただ目を伏せるしかなかった。
「華子……」
雫はその言葉を最後に倒れた。そして兵士たちに黒い布をかけられた。絶命した、ということである。
「こんなゲーム、みんなで終わらせるべきだよ……」
華子がそう話し教室は静まり返った。
それに同調するようにハルキは震える手を隠しながら、思い切って口を開いた。
「……そうだよ、助かる方法、絶対あるよ」
普段は発言を控えがちな彼が絞り出した声に、部員たちが一瞬こちらを振り返る。
「珍しくお前喋るじゃん」
「ハルキくん、こういう場は平気なのかい?」
源喜や時雄が茶化すように言うが、ハルキはそれでも引かなかった。
「 今、殺し合いせずに全員でここから出る方法を探さないと……」
スダは黙ってみているだけだ。ヒントは与えてくれなさそうだ。
その真剣な表情に、一部の部員たちが押し黙る。だが教室を見回したハルキは、どこから手をつければいいのか分からず、自分の声がむなしく響くばかりだと痛感していた。
「……そいや、外……カーテンの外見てみたらヒントがあるかもな」
時雄が不意に窓際へ近づこうとする。
「おい、やめろよ!」
源喜が慌てて呼び止める。
「またカーテン開けたら死ぬとか、そういうルールがあったらどうすんだよ!」
時雄は言葉を詰まらせながら、
「そう……だよな、やつならやりかねん」
とカーテンから離れたが、その目は何かに取りつかれたようにちらりと外へ向けられている。
するとレナミが
「部長さん、死んじゃったけどさ。まあ、どのみち彼女は一人じゃなかったし。お腹の中の子含めて二人だったんだから」
と言った。
その言葉に、華子が一瞬だけピクリと肩を震わせる。
「サンキューね、華子。梨々花も死んでくれたしね。うざかったから、あいつら」
華子は顔を青ざめさせながら俯いた。自分が雫を木刀で殴った瞬間の感触が、手に残っているようで震えが止まらない。
「幽霊部員がなにしゃしゃってんだよ」
富弥がレナミを冷たく睨む。
「なにそれ? いいじゃない、私もこの部に籍はあるんだから。そもそも、葉月とか権野がいるから来ただけで、こんな状況になるなんて思わなかったわ。マジで後悔」
そう吐き捨てるレナミに、源喜が呆れたようにため息をついた。
「後悔なら帰れよって言いたいけど、そうもいかねぇしな。誰かが何とかするしかないんだろ?」
「……華子」
レナミが不意に華子の名前を呼ぶと、華子はビクッと体を震わせた。
「あんたがやったことは事実だよね。雫を殺したのは紛れもなくあんたなんだから」
「……私、そんなつもりじゃ……」
華子が震える声で呟くが、レナミは追い詰めるように続ける。
「責めるな、これ以上……」
ハルキが絞り出すようにそう言うと、レナミは肩をすくめながら吐き捨てるように言った。
「意外だね。普段黙ってるくせに、こんな時にしゃしゃり出るなんて」
ハルキは悔しそうに唇を噛みしめたが、それでも引き下がらなかった。
「こんなことしてても、誰も助からない……絶対に、みんなでここから出る方法を見つける!」
その真剣な表情に、一瞬だけ場が静まり返ったが、すぐに権野と時雄が吹き出した。
「なんだよ、それ。なんかドラえもんの映画で急に強くなるのび太みたいだな!」
ハルキはその言葉に恥ずかしさを感じ、言い返す言葉を探したが見つからなかった。その様子を見て、葉月が気絶した胡桃を抱えながら苦笑いで口を開いた。
「じゃあ、あなたたちはジャイアンとスネ夫ってことね」
その言葉に反応して、一部の人たちがクスクスと笑い出す。
「だったらよ、映画版のジャイアンとスネ夫みたいに良いやつになるしかないな」
源喜が苦し紛れにそう言いながら胸を叩くと、葉月はわずかに笑みを浮かべて頷いた。
「そう、それでいい。争ったり憎しみ合ったりしても、何の解決にもならない。ここから出る方法がきっとあるはずだわ。……ハルキくん、それを思い出させてくれてありがとう」
葉月の優しい言葉に、ハルキの胸に少しだけ温かさが戻った。それでも、レナミは冷笑を浮かべて場の様子を冷めた目で見ていた。
その時だった。
ビビビッ!
突然、またアラームがけたたましく鳴り響いた。