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第十一話 キャットファイト

「子供……妊娠……?」

梨々花だけでなく、周囲の部員たちもその発言に驚愕した。真面目で堅実な雫が、梨々花とは正反対の性格の彼女がそんなことを言うなんて、と誰もが混乱していた。


梨々花は一瞬絶句したが、すぐに声を荒げた。

「そんなの嘘に決まってるじゃん! 妊娠なんて! ひーくんは私を選んだの! あんた、妊娠したとか嘘ついて私を脅そうとしてるだけでしょ!」


緊張感が極限に達する中、星華が慌てて二人の間に割って入ろうとする。

「待って、二人とも落ち着いて! 今そんなことを言い争ってもどうしようもないでしょ!」


しかし雫は星華の言葉に耳を貸さず、静かに言葉を続けた。

「落ち着けって? ふふ、ちょうどいいわ。最後に残るのは私……均さんと未来を築くのは私だけ」


そう言うと、雫は床に置いていたカッターを手に取り、梨々花に振りかざした。


「やめて!」

星華が悲鳴を上げながら止めに入ろうとした瞬間、部屋の空気が一気に緊迫し、他の部員たちは恐怖に凍りついたまま動けなかった。


スダはそんな光景を冷静に見つめていた。その目にはまるでこの状況を楽しむかのような不気味な輝きがあった。

「さて、次に動くのは誰かな……?」

低く囁いたその声は、誰にも届かなかった。




緊迫した空気の中、静観していたハルキが意を決して声を上げた。


「ちょ、ちょっと待てよ! 二人とも落ち着けって!」

震える声ながらも、勇気を振り絞って間に入ろうとするハルキ。


しかし、梨々花は彼を睨みつけ、容赦なく言い放った。

「はぁ? あんた黙っててよ、童貞のくせに!」


その言葉にハルキは一瞬固まり、顔を真っ赤にして俯いた。


「な、なんでそこでそんなこと言うんだよ……俺はただ……」

弱々しく反論しようとするが、完全に勢いを削がれてしまう。


その間にも、雫はじりじりと梨々花に迫り、手に持ったカッターの刃がわずかに光を反射する。


「均さんを奪ったのはあんた……許さない……」

低く呟く雫に、梨々花も負けじとにらみ返す。


星華はもう一度必死に二人の間に割って入ろうとするが、手が届く前にスダが小さく笑い声を漏らした。

「面白いな……これが人間か。勝手に憎しみ合ってくれるなんて、手間が省ける」


しかし、そのときハルキが再び声を張り上げた。

「やめろって! 梶原先生はこんなこと望んでないだろ! 二人とも、先生が好きだったんだろ!? だったら、そんな風に憎しみをぶつけ合うのは間違ってる!」


震えながらも絞り出したその叫びに、教室内の空気が少しだけ変わった。


雫が一瞬動きを止め、梨々花も微妙に表情を揺らしたが、次の瞬間、梨々花は嘲笑うように言い返した。

「何熱くなってんの? 童貞が説教くさいこと言わないでよ。男としてまず経験積んでから出直してきな!」


ハルキは屈辱と怒りで拳を握りしめたが、それ以上言葉が出てこない。


教室内の張り詰めた緊張が一瞬緩んだように見えたが、雫はゆっくりとカッターを握り直し、再び梨々花に向かって歩を進めた。

「均さんのためなら、私は何だってするわ……邪魔しないで」


再び緊迫感が戻り、星華は必死に止めようと叫ぶ。

「お願い、やめて! こんなことで先生が喜ぶはずない!」

雫は恐ろしい顔をして梨々花に迫る。カッターを握りしめ、指先が震えている。その目はもはや正気を失っていた。梨々花の前で、彼女の決意が見えた。


「やめて!!!」



その瞬間、星華が梨々花の前に飛び込んできた。

身体が鈍く空気を切る音とともに、星華の喉にカッターが突き刺さった。


「星華!!」


梨々花は目の前で倒れる星華の身体を支えようとしたが、そのまま力なく崩れ落ちていく彼女を抱えきれず、地面に膝をついた。


星華の喉からは鮮血があふれ出し、白い肌を朱に染めていく。血は梨々花の腕を伝い、地面に広がりながら暗い染みを作った。


「嘘でしょ……星華……」


必死に手で傷口を押さえるが、止血などできるはずもない。

赤黒い液体は梨々花の指の間からあふれ出し、温かいはずのその感触が、むしろ冷たい絶望となって彼女の心を締めつけた。


星華の顔はみるみるうちに青白くなり、瞳の焦点が徐々に合わなくなっていく。


「星華! 星華、お願いだから……死なないで……! 死なないでっ!!!」


梨々花の叫びは震えていた。目の前の親友の命が、自分の手の中で消えようとしている。その事実に、身体が震え、頭が真っ白になりそうだった。


しかし、星華はもはや声を発することすらできない。ただ、苦しげに口を開き、何かを伝えようとしていた。


「だめ、話さないで……お願いだから、頑張って……!」


だが、梨々花の願いも虚しく、星華の手が力なく地面に落ちた。


「星華!!!」


梨々花の悲鳴が響き渡る。その声はあまりにも切実で、あまりにも絶望に満ちていた。


雫は震え、肩を上下させながら梨々花を見つめていた。血に濡れたカッターを持つ手が、微かに痙攣している。


「なんで、星華……」


梨々花の涙が、星華の頬を濡らした。もう彼女が応えることはないとわかっていながらも、梨々花は必死に呼びかけ続ける。


その時、兵士たちが黒い布を持って現れ、無言で星華の遺体にかぶせた。


「やめてえええええ!!」


梨々花は抵抗しようとするが、虚しくも星華の身体は布に包まれていく。


「うああああああっ!!!」


梨々花は子供のように泣きじゃくりながら、星華を抱きしめた。


その光景を見ていた雫は、ふと動きを止めた。そして、震えていたはずの指が、ゆっくりとカッターを拾い上げる。


「……今度は、あんたよ」


低く、感情を押し殺した声だった。


梨々花は涙に濡れた顔を上げた。


「……え?」


「……あんたたちがいると、サークルの雰囲気が変わるのよ……我慢してたけど……」


雫は冷ややかな目で梨々花を見つめながら、再びカッターを振り上げた。


しかしその瞬間――


「やめろっ!!」


鋭い声とともに、ハルキが勢いよく飛び込んできた。手には適当に掴んだ剣山が握られている。


彼は梨々花と雫の間に立ちはだかり、剣山を突きつけるように構えた。


「よせ、ハルキ……」


背後から、源喜が言った。


「お前に、できるのか?」


その言葉に、ハルキの動きが止まる。


源喜の言葉を聞くだけでハルキは自然と震えて動きが止まる。


ハルキは迷う。震える手で剣山を構えるが、足元がふらつく。


その一瞬の隙を見逃さず、雫が梨々花の前に立った。


「……邪魔しないで」


冷酷な囁きとともに、カッターが振り上げられる。


「梨々花!!」


ハルキの叫びが響いた、その時――


「うああああっ!!!」

「きゃぁあああああっ」

鈍い音と二人の叫び声ともに、雫の身体が崩れ落ちた。

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