第3話:「獅堂迅牙、咆哮す」
翌朝、アークライズの空は曇っていた。
春の終わりを告げるような冷たい風が、校舎の隙間を吹き抜けていく。
第七特科高の教室。
今日も冥は、窓際の席で静かに座っていた。
無表情。無言。ノートは開かれたままだが、ペンはほとんど動いていない。
彼が視線を向けているのは、何も書かれていない空白のページ。
まるでその先に何かが見えているかのように。
教室の空気は、明らかに変わっていた。
昨日まで誰も話しかけなかったクラスメイトが、ちらちらと冥を見ては、何かを言いたげにしている。
その中でも唯一、普段通りの存在があった。
氷堂 白亜。
冥の隣の席で、静かにノートを取り、時折、窓の外を見ていた。
「……戦力偏差値、上がってるわよ」
授業の終わりに、白亜がぽつりと告げた。
「この学校。正確には、あなたと私が入ってから、だけど」
冥は返事をしない。ただ、ゆっくりと目を閉じる。
「……ああ、どうせすぐ落ちる」
白亜は、その言葉に一瞬だけ眉を動かした。
「自信がないの?」
「違う。“都市”が俺たちに期待するわけがない。期待していない奴の評価なんて、風みたいなもんだ」
静かな否定。だが、どこか諦めではなく、分析のような響きだった。
「でも、それを“押し上げる”のが目的なんでしょ」
「だから、斬るだけだって言ったろ」
「……ふふ」
白亜が小さく笑った。
感情を表に出すことの少ない彼女が、冥の皮肉にほんのわずか口元を緩めた。
その瞬間、教室のドアが荒々しく開け放たれる。
「黒乃 冥。氷堂 白亜。お前らに“お誘い”が来てるぜ」
現れたのは、生徒会戦力管理部の上級生。顔はこわばっている。
それもそのはず。彼が持っていたのは、異常なほど重厚な“招待状”だった。
宛先に記された文字が、教室全体を凍りつかせた。
──**《雷鳴学園》・戦力偏差値ランキング1位校からの対抗戦招集**
ざわっ……
「い、いきなりトップ校!?」
「しかも新入生に!? 正気かよ……」
冥は席を立つ。白亜もそれに続いた。
誰も、止めることなどできなかった。
⸻
その日の夕刻。
アークライズ市の中心に位置する、雷鳴学園・本戦用訓練場。
その中心に立つ男の姿があった。
金色の髪。野獣のような目。背中には巨大な鉄剣。
戦力偏差値85。現役高校生最強との呼び声高い男――獅堂 迅牙。
彼は報告を受けながら、ゆっくりと笑った。
「黒乃 冥、か。昨日の模擬戦、見せてもらったぜ」
その声に答える者はいない。
彼は独り言のように、楽しそうに笑う。
「あいつ、いい目してたな。全部を見下ろすような、全部を切り裂くような、そういう目だった」
ガキが偉そうに、と吐き捨てた幹部の一人を、迅牙は振り返りもせずに睨んだ。
「そういう“ガキ”に負ける覚悟ぐらい持っとけよ? 俺は、どっちが上でも構わねぇ。面白けりゃ、それでいい」
その瞳に宿るのは、獣の狩猟本能。
最強の男は今、ようやく退屈な日常に終わりが来ることを知った。
「さあ――遊ぼうぜ、黒乃 冥。俺と、お前の刃でな」
⸻
その頃。
第七特科高の校舎裏で、冥と白亜は招待状を無言で見つめていた。
風が、紙を揺らす。
白亜が尋ねる。
「行くつもり?」
「行かない理由がない」
「でも、相手は頂点よ? 負ければ、偏差値は地に落ちる」
「……勝てば、下からの革命になる」
「まるで、おとぎ話みたいね」
冥は一言だけ答えた。
「だったら斬って終わらせる。現実ってやつでな」
白亜は笑わなかった。ただ、黙ってその背中を見つめていた。
この少年が見ているものを、少しだけ自分も見てみたいと思った。




