第1話:「静寂を纏う新入生」
――この都市では、勝者だけが“正解”と呼ばれる。
学園都市。
異能を持つ少年少女たちが集められ、戦力によってすべてが決まる超教育特区。
そのルールは単純明快だ。
──勝てば、すべてが手に入る。負ければ、すべてを失う。
都市は戦力偏差値という数値で、各高校の格と存在意義を明確にランキングする。
そこに疑問を抱く者は、誰一人としていなかった。なぜなら、勝者だけが正しかったからだ。
そんな世界に、一人の“無名”が足を踏み入れた。
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四月、入学式当日。
《第七特科高等学校》。戦力偏差値ランキング“最下位”、通称《ドベ七》。
荒廃した校舎。錆びたトレーニング設備。やる気のない教師、生徒。
どこを見ても“負け癖”の匂いしかしないこの学校に、一人の少年が現れた。
黒髪。灰銀の眼。肩に背負った木製の鞘。
周囲の視線が、その少年の異質さに自然と吸い寄せられていく。
しかし彼は一瞥もせず、ただ校門をくぐり、職員室へ向かって歩いていた。
名札にはこう書かれていた。
──黒乃 冥
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「おい、聞いたか? 今日入ってくる転校生。なんか“戦力偏差値”測定不能だったらしいぜ」
「嘘だろ? この学校にそんなヤツが来るわけ──」
その時、校庭に警報が鳴り響いた。
《戦力偏差値リーグ・臨時模擬戦》の開催通知。
参加者には、各校から選出された1年生のエース級がそろっている。
そして、名前が呼ばれる。
「《第七特科高》──黒乃 冥、出場決定」
沈黙。
冥は何も言わず、歩き出す。
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会場。仮設の戦闘アリーナ。
敵は上位校《神楽院高》のエリート生徒。戦力偏差値74。対する冥は“偏差値未登録”。
観客は笑っていた。
「ドベ七の無名に、神楽院のエースが負けるわけないだろ」
冥は、構えすら取らない。ただ、刀の鞘を軽く握る。
「……動いたら、斬る」
エースが嘲る。
「は? 調子乗るなよ、下民が──」
その瞬間、空気が断ち切られた。
冥は一歩踏み出し、静かに抜刀する。
銀色の軌跡が、空を裂いた。
風すら鳴かない。音もなく、敵の武器が砕け、制服が裂かれ、膝が地につく。
観客席が静寂に包まれる中、審判の声が震える。
「せ、戦闘不能……黒乃 冥、勝利ッ……!」
少年は、ただ鞘に刀を戻す。
そして呟いた。
「……勝ち筋は、最初から見えてた」
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その瞬間、
学園都市の空気が、わずかに変わった。
戦力偏差値“未登録”の新入生、黒乃 冥。
誰も知らなかった名前が、都市全体に刻まれる最初の一閃だった。
──そして、物語は始まる。