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他人がちょっとだけ、面白く思えた日


雨の日の朝が好きだ。

ビニール傘に落ちる雨粒が「トトッ」と小さく音を立てる。

パラパラでもなく、ザーッでもない。その控えめなリズムが、やけに耳に心地いい。

空はもう明るいのに、街灯だけはまだ点いている。

朝と夜の境目みたいな時間帯は、いつも少し幻想的で、私にとっては癒しのひとときだ。


私は人混みが苦手だ。

昔はそんなことなかったのに、いつからか人の視線が苦手になった。

あの“見られている感覚”が、どうにも落ち着かない。

それ以来、ひとりでいる時間を大切にするようになった。


だから、始発電車に乗った。

人の少ない時間帯に、できるだけ静かに移動できればそれでいい。

だけど、現実は少し違った。

車両にはもう何十人も乗っていて、静かだけれど、確かに人の気配がある。


今日のバイト先は、男性アイドルのファンミーティング。

私は会場で、来場者の手荷物検査を担当した。

何人もの女の子が、次々と自分のバッグを私に差し出してくれる。

最初は単なる作業だと思っていたけれど、見ているうちに少し面白くなってきた。


小さなショルダーバッグに、最低限のものだけを詰めてきた子。

トートバッグにごちゃごちゃと色んなものを詰め込んできた子。

非協力的で目も合わせない子もいれば、笑顔で「お疲れさまです」と声をかけてくれる子もいる。


それぞれのバッグに、それぞれの性格があらわれていた。

誰かの持ち物を見て、その人のことを想像するなんて、普段の自分なら絶対にしないことだった。

けれど、今日だけは少し違った。

「なるほど、この子はこういう準備の仕方をするのか」

「きっと初めての現場なんだろうな」

そんなふうに、ちょっとした推理ゲームみたいに楽しんでいた。


帰りの電車でも、私は自然と人のバッグを見るようになっていた。

飾りの多いリュック、折り畳み傘がはみ出したトート、使い込まれたビジネスバッグ。

そこにあるのは、ただのモノじゃない。

その人が選んで、詰めて、持ってきた「日常のかけら」みたいなものだった。


私はずっと、他人に興味が持てなかった。

人の気配がうるさくて、視線が苦手で、できるだけ避けていた。

でも今日、たった一日だけど、

他人の持ち物を通して、ほんの少しだけ人に興味が持てた気がする。


それは「人が好きになった」というほどの大きな変化ではない。

でも、自分の中の何かが、少しだけやわらかくなったのは確かだ。


他人のことを「ちょっと面白い」と思えた日。

そんな一日があっても、悪くないなと思った。

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