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4 魔女の決断

 ユキは、床に横たわるジルに剣を振り上げる兵士を見た瞬間、亡くなった母の言葉を思い出した。

 

「一族の掟は覚えているわよね?」

 

 ひとつ、精霊の力は人助けのために使うこと。

 

 ふたつ、権力者には決して近づかず、世間から隠れて暮らすこと。

 

 そして、みっつ、『禁忌の呪文』は決して口にしてはならないこと。

 

 ただし……

 

「……ただし、あなたが心から愛する者を守るためなら、最後の最後の手段として使ってもいいわ。これが、ユキの名を持つ魔女の一族の掟よ」

 

 母は優しくそう付け加えたのだった。

 

 ……お母さん。私は自分の命は惜しくない。でも、大好きなジルの命を守りたい!

 

 ユキは、禁忌の呪文を(いにしえ)の異国の言葉で呟いた。

 

致死(チシ)(セイ)侵襲(シンシュウ)許可(キョカ)

 

 ユキがその呪文を唱えた途端、部屋の中で光の粒が一斉に真っ赤に輝き、すぐに消えた。兵士達が驚き、動きを止める。

 

「ジルに危害を加えようとする者は許さない!」

 

 ユキは、兵士達に向かって叫んだ。ユキの周りで再び光の粒が一斉に真っ赤に輝き、またすぐに消えた。

 

「ふん、何を戯言(たわごと)を」

 

 そう言ってジルに剣を振り下ろそうとした一人の兵士が、突然、剣を落とし、苦悶の表情でその場に崩れ落ちた。口から大量の血を吐き、動かなくなる。

 

「こ、この魔女め! うっ……」

 

 もう一人の兵士がユキに襲いかかった。ユキが覚悟を決めて目をギュッと閉じたが、ユキを襲った兵士は、剣を落とし、胸を押さえてその場に倒れ込み、動かなくなった。

 

「な、何をしている、さっさと殺せ!」

 

 異変に気づいた王が振り返り、叫んだ。その声を聞いた兵士達が一斉にユキに襲いかかったが、すぐにバタバタと倒れた。


 血を噴き出す者、喉をかきむしる者、頭や胸を押さえてもがき苦しむ者……家の中は一瞬で地獄絵図と化した。

 

「あ、あ……」

 

「王様。よく見て。これが一族に伝わる忌まわしい禁忌の呪文の力よ。これのどこが『神聖な、崇高なる行為』だと言うの?」

 

「あ、悪魔め……」

 

 怯える王に向かって、ユキが言った。

 

「私は静かに暮らしたいだけ。もう、私やジルのことを放って置いてくれる? そうすれば、私は何もしない」

 

「わ、分かった! もうお前達に手出しはしない!」

 

 王はそういうと、逃げるように家の外へ飛び出した。

 

 ユキは、逃げ出す王に向かって、静かに呟いた。

 

「私やジルに危害を加えようとしたら、許さない」

 

 ユキの周りで、光の粒が一斉に真っ赤に輝いた。

 

 

 † † †

 

 

「くそっ、役立たずどもめ!」

 

 逃げるように家の外へ飛び出した王が、外に待機していた兵士達に向かって悪態をついた。

 

 王は先程のユキとの約束を守る気などさらさらなかった。


 ユキが家から出てこないことを確認すると、王は兵士達に向かって小声で言った。

 

「お、お前達、今すぐに兵をかき集めろ。この家の中にいる魔女をこ、殺……」

 

 そこまで言った王が、突然言葉に詰まった。その直後、王は目と鼻から血を流し、まるで糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。

 

「ひっ?!」

 

 何が起きたか分からず怯える兵士達。そこに、家の中から現れたユキが言った。

 

「王様、私との約束を破ったのね……生き残った皆さんは、王宮に戻ってこう伝えて。『魔女とその仲間に危害を加えようとした者は、王と同様、(むご)たらしく死ぬことになる』と」

 

 ユキの周りのみならず、辺り一面で光の粒が一斉に真っ赤に輝いた。

 

 勇敢な一人の兵士が剣を抜こうとしたが、その直後、目と鼻から血を噴き出し、倒れてしまった。

 

 それを見た残りの兵士達は、泣き叫びながら逃げ帰って行った。

 

許可終了(キョカシュウリョウ)

 

 ユキが古の言葉で呟くと、ユキの周りで光の粒が一斉に青く光った。

 

 ユキは一度深呼吸をすると、ジルの下へ走った。

 

 

 † † †

 

 

「……こ、ここは?」

 

 目を覚ましたジルは、心配そうな顔で自分を見つめるユキに尋ねた。

 

 いつの間にか、ジルは木陰でユキに膝枕をしてもらっていた。

 

 ユキが笑顔でジルに言った。

 

「ここは、私の家からしばらく森に入ったところよ。精霊の力を借りて、何とかここまで逃げてきたの」

 

「え、精霊の力?!」

 

 ジルは慌てて自分の脇腹を見た。剣で刺された部分の服が破けていたものの、体に傷ひとつなかった。

 

「ごめんなさい。せっかくジルが命懸けで私が魔女だとバレないよう頑張ってくれたのに……」

 

 ユキが目に涙を浮かべて言った。ジルが手を伸ばし、ユキの涙を指で拭う。

 

「ユキは悪くない……俺の命を救ってくれてありがとう!」

 

 ジルはそう言うと起き上がり、ユキの体を抱きしめた。

 

「お前を探して、また悪い奴らが来るかもしれない。俺と二人でどこかへ逃げないか?」

 

「ジル……」

 

「俺は、お前を愛してる。お前となら、どこへだって行ける」

 

「ありがとう、ジル……私もジルのこと愛してる。ありがとう!」

 

 ユキはジルの体に抱きついた。


 二人は、しばらくお互いを抱き締めた後、手をつないで森の奥へと歩いて行った。


 

 ……王国の歴史書によれば、とある時代の王が魔女の力を無理矢理自分のものにしようとしたところ、魔女の怒りを買い、その呪いを受けて命を落としたと記されている。

 

 王国の歴史書における魔女の記述はこれだけだが、王国内の民間伝承では、その後も各地で人助けをする魔女と木こりの夫婦、そして、その娘の魔女の話が数多く残されている。

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