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1 森の中の家

「ユキ様、うちの孫の命を救っていただいて、本当にありがとうございます!」


 遥か昔、大陸の西の外れに位置する王国の、人里離れた森の中の小さな家。


 すっかり元気になった幼子を抱いた老女が、向かいに座る黒髪で黒い瞳の若い女性に深々と頭を下げた。


「手遅れにならず、良かったです」


 ユキと呼ばれた若い女性が笑顔で応じた。


「ほんと、ユキ様はお母様に似て良い魔女になられた」


「いえいえ、私なんかまだまだ。それに、お孫さんを助けたのは私ではなく、この精霊達ですよ。精霊よ、姿を見せて」


 そう言うと、ユキは手のひらを上にして老女の顔に近づけた。


 ユキの手のひらの上の空間にキラキラした光の粒が複数現れては消えた。


「おお、これが精霊……なんと美しい」


 老女が幼子を抱えたまま深々と頭を下げた。


「この世界には、目に見えない精霊が満ち溢れているのよ」


 ユキが手のひらの上の輝きを優しく見つめながら、そう笑顔で言った。



 † † †



「さあ、夕食にしようっと」


 幼子を連れた老女が帰った後。ユキは一人テーブルに座り、スープとパンを食べ始めた。


 ユキの母は、昨年、老衰で亡くなった。


「私は十分過ぎるほど長く生きた。もう精霊の力でも治せないみたいね」


 精霊の力で治療を試みようとしたユキに、ベッドに横たわる母はそう言った。


 長くこの大陸を放浪していたという母の見た目は若かったが、その長い旅路の途中、精霊の力で何度も「若返り」をしていたそうだ。それに限界が来たということだった。


 枕元で泣きじゃくるユキに、母が優しく言った。


「ユキ、あなたは今年で18歳。もう一人前の魔女。一人でもやっていけるわ。一族の掟は覚えているわよね?」


 母に尋ねられ、ユキは一族の掟を(そら)んじた。


 ひとつ、精霊の力は人助けのために使うこと。


 ふたつ、権力者には決して近づかず、世間から隠れて暮らすこと。


 そして、みっつ、『禁忌の呪文』は決して口にしてはならないこと……


 泣きながら一族の掟を言い終わったユキに、母は少し付け加えると、最期の力を振り絞り、ユキの頭を優しく撫でた。


「ユキ、長く生きた私が最後に授かった、私と同じ名の愛しの娘……あなたは多分この世界で最後の魔女。その務めを果たしながら、次の魔女を産み育てなさい」


 それが、母の最期の言葉だった。


 亡くなった母を弔った後、ユキはこの人里離れた森の一軒家で、母の跡を継ぎ、「魔女」として暮らすことになったのだった。


「最後の魔女か……」


 夕食を食べ終わったユキは、ひとり呟いた。



 † † †



「元気かな? 魔女様。いい山菜が手に入ったから持って来たよ」


 翌日の午前中。ユキの家にひとりの若者がやって来た。森外れに住む木こりの息子のジルだ。


 ジルはユキと同い年。木こりの仕事で森に入ることが多く、ユキの家の辺りに来ることが多かった。


「ありがとう、ジル……って『魔女様』なんて呼ばないでよ」


「ははは、ゴメン、ゴメン」


「ちょうどお茶を沸かしたところなの。一緒にどう?」


「おお、ユキのお茶は美味しいんだよな。それじゃ遠慮なく」


 ユキの招きに応じて、ジルがテーブルに座った。


 お茶を用意したユキが、ジルの向かいに座った。お茶を飲みながら、2人で他愛ない話をする。


 魔女の娘、そして母を継いで魔女になったユキは、母と同様、この地域では珍しい黒髪に黒い瞳であったことも相まって、畏れられ、ときに嫌悪された。


 そんな中で、ごく自然にユキと接してくれる男子はジルくらいだった。


 ユキはそんなジルが好きだった。


「おっと、ついつい長居しちゃった。それじゃまた遊びに来るよ。ユキ」


「うん。それじゃまたね、ジル」


 ユキは笑顔でジルを見送った。


 いずれ、ジルと一緒になって、幸せな家庭を築けたらいいな。そして、娘を授かって、母と、そして私と同じ「ユキ」と名付けて、立派な魔女に育てて……


「って、何ひとりで盛り上がってるんだろ、私」


 ジルはお茶飲み友達。恋人でも何でもない。


 ユキは苦笑しながら家のドアを閉めた。


 魔女を頼ってこの森の中の家に訪れる患者を治療し、時折、好きな人とお茶を楽しむ。そんな穏やかな日々が続く……ユキはそう思っていた。

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