家族の健康管理と葛藤
2003年2月に入って、花粉症やら風邪やらで、なかなか体調が戻らなかった賢。やっぱりしんどいのか、このときは家でおとなしくしていたようである。そして体調がよくなって、元気に登園して、久しぶりに会う友達と色々遊んだり、お遊戯をしたりして過したようである。
そして2月23日に私が連絡帳に書き込みをしている。
2月23日
この前の金曜日に、私の母方の祖母の体の調子がよくないという知らせがあり、私と賢と悠の三人で行ってきました(さと子はどうしてもはずせない用事があったので、行けませんでした)。
土曜日の夜から行って、じいちゃんとばあちゃんにたくさん遊んでもらい、賢も悠も、機嫌よくしていました。そして今日の朝は、私の祖母が寝ている部屋に行ったのですが、賢は、私の祖母の体の具合がよくないというのがわかっているようで、
「ひいばあちゃん大丈夫?」
と、とても心配しているようでした。悠は、やせ細った私の祖母を見て、恐いと思ったのか、泣き出してしまいました。そして昼過ぎに、賢の従姉も家族みんなできて、賢と姉の子供と私とで、サッカーをしました。賢も上手にボールを蹴っていました。
その後、子供たちで私の祖母を囲んで、写真撮影して、まだ祖母が体が動かせるときに、少しでも子供たちの心に祖母の思い出が残ってくれればと思います。祖母も97歳の高齢なので、少しでも長生きして欲しいと思います。
と、書いてある。さと子は何の用事でこれなかったのかは、私も覚えていないが、自分の祖母の体調がよくないという連絡があったら、どうしてたんだろうなぁと思う。
そして先生からの返事ですが、
2月24日
やっぱり賢君は優しいですね。連絡帳を見ていて涙が出そうになりました。思い出・・・。たくさんできるといいですね。お父さんもご心配ですね・・・。そんな中、今朝はお仕事前というのにお付き合いいただき、有難うございました。お陰でとても助かりました。
2月25日
今朝はお忙しい中、クレパスなどもってきていただき有難うございました。他のものを私が
「貸してあげる」
といったのですが、
「嫌だー」
といわれて大暴れでした。賢君の思いが、お母さんに通じたんでしょうね。かなり感動してしまいました。
2月27日
今朝は勝手言ってすいませんでした。お陰でバスの出迎えを落着いてできました。有難うございました。
今日の写真撮影、お堂には
「行かない」
といわれるので、
「おりこうに待っててね」
と約束した後、部屋に残していきました。パニックにならず、上手に待てたようです。ご心配おかけしました。
この先生が触れられているクレパスの件、さと子は息子の幼稚園の用意をするのに、しょっちゅう何かを持たせるのを忘れたり、プリント類の提出を忘れたり、というのが多かった。自分の子供がパニックにならないようにするためには、親が気をつけてやらないといけないと思うのであるが、どうもこういうことが多くて、
「何々を持ってきてください」
という類の連絡が好くあった。こういうことを考え合わせると、さと子も何らかの発達障害があったのかも知れない。
それと、私の祖母の件であるが、さと子は
「いつごろ死にそうか」
とか、
「あんなのぽっくり逝ってしまえばいい」
とか言っていた。私はもう、さと子に対して怒る気力もなく、
「馬鹿だからこんなことしか言えんのじゃから、相手にせずに放っておこう」
と思って、一切無視していた。
「人の命を何と思ってるんじゃ。それでも元看護婦か」
そう心の中でつぶやいていた私である。




