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あとの祭り  作者: yukko
章一の場合
9/122

離婚

クリスマスソングが街に流れて、クリスマス一色になっている。

章一はボンヤリとクリスマスのデコレーションケーキを見つめていた。


⦅今年は家族と食べられないのかなぁ……。

 加奈子はもう実家の近くの小学校への入学を決めた。

 報告だけ受けた俺は、戻れないのか……。

 俺は加奈子のことを愛せなかったけれども大切にしてきた。

 それだけでは駄目だったのか?⦆


章一は家の明かりが目に入ったら安堵する。

加奈子は唯を連れて出て行っていない証拠だから……。

あれほど、家の鍵を開けるのに勇気が要ったのに、今は急いで開けている。

それが今の章一だった。


「ただいま。」

「お帰りぃ~。」


唯が抱きついて来た。

その後ろに加奈子が居る。

章一は⦅当たり前だと思っていたけど、当たり前じゃなかったんだ。⦆と唯を抱っこしながらリビングに向かいながら思っていた。

加奈子の顔を見なかったのかもしれない。

出逢った頃の加奈子はどんな顔だったのだろうか?

章一は思い出そうとしても思い出せなかった。

それほど、加奈子の印象が残っていなかったのだ。

ただ、ボーイッシュな背の高い子としか……髪がショートでボーイッシュで背が高かったから選んだのかもしれなかった。

ただ、それだけだったのかもしれなかった。

今更だが、加奈子に失礼だったと思った。


家の中はクリスマスだった。

クリスマスツリーは唯と加奈子が毎年飾っている。

今年も母子二人で飾ってくれたらしい。


「パパ、唯が付けたのよ。

 ツリーのてっぺんのお星さま!」

「そうか、唯が付けてくれたんだね。」

「えっへん!」

「さぁ、座って。」

「はぁ~い。」

「唯。返事は、はい!って短くね。」

「はい!」


唯が章一の耳に手を当てて「パパ。ママ、厳しいの。」と内緒話をして、舌をペロッと出した。

章一は唯の耳に手を当てて「ママは厳しいけれども正しいよ。」と言うと、唯は「ええ~~っ。」と言いながら頬を寄せてくる。

そして言ったのだ。


「パパとママはアツアツなのね。」


その時、章一は頭の中が真っ白になって何も言えなくなった。

時が一瞬止まったように……。


「パパ?……パパ、どうしたの?」

「あっ、ゴメン。なんだった?」

「唯。パパはお仕事でお疲れなのよ。」

「疲れてるの? パパ。」

「うん。そうだね。……ごめんね。唯。」


その瞬間、加奈子の言葉が思い出された。

「唯が愛し愛された夫婦の子どもだと思っていて欲しい。」という言葉が……。

このままなら、もしかしたら加奈子を……唯の母親を愛することが出来なかった父親だと分かる日が来るかもしれない。

それは章一にとって「恐怖」として押し寄せて来たのだ。

守りたいと思う家族なのに、守ることは無理かもしれない!ことを初めて章一は感じたのだった。


加奈子が用意したのはクリスマスらしい料理だった。

鶏肉のモモは唯が望むように一人一本だった。

唯が食べながら急に「残す!」と言ったのだ。


「残すのか?」

「うん。だって、ケーキ食べられなくなったら困るもん。」

「そうか、ケーキの為にお腹を少しだけ空けておくんだな。」

「うん。ケーキ! 楽しみぃ~。」


クリスマスケーキの蝋燭に火を点けて、部屋を暗くしてクリスマスソングを唯が歌ってくれた。

聞いていただけで章一は涙が零れた。

加奈子も泣いていた。

両親が何故泣いているのか、唯には分からなかった。


「パパ! ママ! お腹痛いの?」

「違うわ。唯が上手になって嬉しかったのよ。」

「うれし……なんだっけ?」

「嬉し涙だよ。」

「パパも?」

「うん。嬉しかったよ。上手に歌えたね。」

「えっへん!

 ……消していいの?」

「うん。消して! 唯。」

「ふぅ――っ。パパ、手伝って!」

「消せなかったか……。パパと一緒なら消せるよ。」

「パパ! 早く!」

「せぇ~の。ふぅ――っ。」

「ふぅ――っ。 消えたぁ~! やっぱりパパだね。」

「良かったわね。唯。パパに頼んで……。」

「うん!」


その日は唯が寝付くまで加奈子と章一二人で唯を挟んで川の字になって横になった。

唯はとても喜んだ。

興奮していたが、いつの間にか……スヤスヤと寝息を立てていた。



章一は加奈子をリビングに呼んだ。

二人とも向き合ったのは久し振りに感じた。


「あの……いつなんだ?」

「………まだ日は決めていません。」

「そうか……見送りたいんだ。いいかな?」

「どうしたの?」

「お前を止められないって分かったんだ。

 ただ、俺は知らない間に家を出られるのは……辛い。

 唯に別れをしたい。」

「永遠の別れじゃないわ。」

「分かってるよ。でも帰ったら唯も……お前も居ない。」

「そうね。居ないわ。」

「離婚のこと決めたい。」

「貴方! いいの?」

「いいの?って何だよ。それっ。お前から言った話だろう?」

「そうね。そうでした。」

「唯の親権は母親のお前。

 この家は売るけれども、多分、残っても微々たるものだ。」

「うん。分かってる。」

「仕事、見つかったのか?」

「まだ……。」

「そうか、お義父さん、お義母さんのお世話になるのか?」

「当面は……実家に居させて貰って仕事を探します。」

「そうか……銀行の通帳を持っているのはお前だよな。」

「はい。」

「それ、定期は全額下ろして。定期あったよね。」

「はい。」

「財産分与はそれくらいだから……全額持って行って!」

「全額?」

「唯とお前の当面の生活費の一部になるだろう。」

「ありがとう。」

「定期だけで悪いけれども……。唯の学資保険は持って行って。」

「はい。」

「振り込みは俺がするから……。振り込む先の銀行口座はそのままで。」

「はい。」

「養育費だけれども、俺の子どもは生涯……唯一人だ。

 だから、出来る限り…せめて金に困る生活はさせたくない。

 だから……月に5万円振り込むから……。」

「いいの?」

「たった5万円だけどな。俺も生活があるから……。」

「ありがとう。」

「唯の学校行事には参加したいから教えて。」

「はい。」

「後は……分からないよ。」

「面会だけど、唯が会いたがったら必ず会ってあげて欲しいの。

 なるべくパパと一緒に居る時間を持って欲しいの。」

「当たり前じゃないか! 俺の宝だから、唯は……。」

「どうしてなの?」

「何が?」

「急に離婚を同意してくれて……。」

「さっき、唯が言ったんだよ。

 『パパとママはアツアツ』って……。

 それを聞いて、俺は一緒に居るだけでは隠せなくなるかもしれないと…

 俺がママを愛してなかったと……それが怖くなった。

 俺は加奈子が好きだよ。でも……。」

「家族としてよね。」

「そう、家族として、人として好きなんだけど……。

 唯が思うアツアツじゃない。

 いつか俺が気が付かないうちに仮面が……落ちてしまうかもしれない。

 急に怖くなったんだ。

 ちゃんと俺から話す日が来るまでは……その日までは知って欲しくない。」

「私も同じです。」

「遅かったかい?」

「いいえ。早かったです。ありがとう。」

「離婚届、書くから……悪いけど貰ってきて!」

「貰ってきて、書いて貰えれば提出も私がします。」

「頼む。」


章一はその日から二日後に離婚届に判を押した。

書き終わった時、加奈子に章一は「愛せなくてゴメン。」と言って頭を下げた。

加奈子は章一に「愛していました。今も苦しいくらいです。愛している貴方の幸せを……私は祈れる女になりたいです。……唯を私に委ねてくれて……ありがとう。」と涙で濡れた頬をそのまま見せて言ったのだ。

その言葉を聞いた章一は「加奈子! 愛してくれて本当にありがとう。俺もお前の幸せを祈れる男になるよ。」と告げたのだった。

二人とも泣いていた。

二人にとってこの結婚は苦しい結婚で終わってしまった。

いいや、章一にとっては最初から苦しいだけの結婚だったのだ。

離婚を拒んだのは、章一が望まれたような人生を歩むためだったのだ。

それを章一はこの時、気付いていたのか、気付かぬまま……だったのかは誰も分からない。


唯には二人で話しをした。

夫婦が離れて暮らすのは「パパのお仕事が遠くで働くことになった。」ために「唯とママはおじいちゃんの家で暮らす。」だから、「おじいちゃんの家から近い小学校へ入学する。幼稚園もおじいちゃんの家から近い所に通う。」と話したのだ。

パパには毎週土曜日に会えることを伝えたら、泣いていた唯が「我慢する。」と言った。

苗字は唯の為に変えなかった。

そして、春から唯は母親が卒業した小学校に入学した。

唯、小学1年生になった。

入学式は章一も章一の両親も来て、唯の入学を祝った。

そのひと時は普通の家族だったのだ。

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