章一の実家
車のCDから流れる音楽は唯が好きな歌ばかりだった。
アニメの歌が多かった。
その歌を唯が一緒に歌っている。
章一は⦅この幸せを続けたい。⦆と思った。
歌に合わせて唯は身体を揺らしている。
踊っているつもりなのだろう。
本当に愛らしい我が子なのだ。
ただ、困るのは「パパ! 見て、見て! あれ……何?」などと聞くのだ。
「パパは運転してるからね。見れないよ。」と言うと、ちょっと口を尖らせて「詰まんない。」と言う。
その様子さえ愛らしくて堪らなくなる。
⦅運転していなかったら動画を撮るのになぁ……。
加奈子が居たら……動画を撮れたんだけどな。
本気なのだろうか?
本気で離婚したいと言ったのか? まさか……な。
俺が女性を愛せないと知ってショックの余り……だよな。
俺は離婚したくない。
唯と……加奈子と……いつまでも家族で居たい!
俺にとって唯だけなんだ。
安心していられるのは唯の前だけ……。
他の人の前では、親の前でも友達の前でも仮面を外せないんだ。
仮面を着けなくていいのは唯の前だけなんだ。⦆
マンションから実家は車で30分ほどで着く距離にある。
章一の実家に着くと、玄関で唯は大きな元気な声で「おじいちゃん、おばあちゃん、唯、来たよぉ~。」と言った。
唯が居ればインターフォンは要らないのだった。
「唯―――っ! 会いたかったよ!」
「おじいちゃん!」
「唯ちゃん!」
「おばあちゃん!」
「ただいま。」
「お帰り。疲れたよね。早く座って。」
「うん。」
「お邪魔します。」
「まぁ、唯ちゃん!」
「唯はお利口さんだね。」
「ママがね。家に入る時は『お邪魔します』って言ってからって。」
「そうなのね。加奈子さん、いいお母さんになったわね。」
「うん。そうだね。」
「お前はいい嫁を娶ったよ。加奈子さんはいい嫁だ。」
「そうかな。」
「そうよ。」
「さぁ、座って!」
「おい、唯ちゃんにジュース!」
「はい。」
「お菓子もあるぞ。」
「食べていいの? ご飯前なのに……。」
「ご飯前は駄目か?」
「ママがね、お昼ご飯、食べられなくなったら駄目だからって。」
「そうか。」
「だから、お菓子とジュースは3時に頂戴。おじいちゃん。」
「そうか! 3時のおやつだな。」
「うん!」
孫に甘すぎる両親を見て、章一は結婚して良かったと改めて思った。
「加奈子さん、あちらのおじい様の新盆だったのね。」
「うん。」
「私、忘れてたわ。申し訳なかったわ。何も送ってないのよ。」
「いいんじゃないの? 後からでも……。」
「そうだぞ。明日にでも送ったらどうだ?」
「そうね。じゃあ、明日は出掛けて送るわ。」
「俺は、ゆっくりしていいかな? 唯と……。」
「いいわよ。これは私達からお送る物だから。」
「お前も忙しかったんだろうから……
この家に戻った時くらいはゆっくりしなさい。」
「ありがとう。」
二泊三日の実家で章一は唯と両親と楽しい時間を過ごした。
これから先、加奈子が章一の実家を訪れることはなかった。
この春、唯の小学校入学前の二日間が最後になったのだ。